ジャッジと識別

 

私たちは物事を判断します、「良い」「悪い」、どちらが「上」「下」などなど。

 

私も以前はかなりのジャッジ派でした。

 

例えばここにペット君のフードがあるとします、こちらは良いけど、こちらはいまいち。なぜなら原材料的にみて安心できるから、あるいは安心できないから、のような感じです。

 

本来は「良い」「悪い」は主観。自分の価値観にあったものを「良い」としているだけ。ある人から見たらまったく真逆の判断になることもありますね。

 

しかも「良い」「悪い」癖がついていると、そのエネルギーが自分の中に蓄積され、自分にたいしてもいつも「良い」「悪い」の判断をしてしまうことに気づきました。「良い」場合はいいけれど「悪い」と判断した時は罪悪感まで伴ったりして。

 

罪悪感って一見謙虚な感じがしますけど、実は被害者意識と繋がっているんです。

 

「はい、私はこれだけの罪悪感を感じていますよ、これだけ罪の意識を感じています。自分で認識してますから許してもらえるんじゃないかと密かに思ってます」

 

みたいな感じです。そもそも天は人を罰したりはしない、というのが私の最近の気づきです。「罰」という意識は人間特有のものだから。

 

天はいつでも無条件の愛。「お前は良くないことをしたね、そのことに対して罰を与えよう」とは言わないんです、本来は。宗教的教義だとそうではなくなることが多いんですけど。

 

ここに一つ課題があります。私たちは天の意思を感じるべきか、それとも宗教的教義を感じるべきか。この辺はその人その人の人生の課題、テーマと関係してくるのでこれも一概に「良い」「悪い」と言い切れないということが言えるのではないでしょうか。

 

エネルギー的にみると、「良い」「悪い」の判断というより、自分にとって「可」か「否」かという考え方が自然な流れ。もちろんこの時の「否」はいけないという意味ではなく、自分にはふさわしくない、というだけのもの。

 

自分にふさわしくないものをあえて「ダメ」なものととらえる必要はないんだとか。

 

自分にふさわしくないものを「ダメ」と捉えると、例えば対象が人物だとすると人格否定にまでたどり着いてしまうこともしばしば。

 

「あの人感じ悪いのよね。いかにも上から目線って感じで。なんであんな人がたくさんの人に受け容れられるのか私には良くわからない。みんな騙されているんじゃないの ? 」

 

すごいジャッジパワーですよね。でもこれは自分自身に向けたエネルギーですから、自分の意見を言ったつもりで一時的にスッキリした気分になっても結果的に自分自身へのジャッジ、攻撃になってしまいます。自分の放った矢はやがて自分に戻ってくる、というのが宇宙の法則です。

 

「あの人感じ悪いのよね。ということは私とはご縁のない方なのかも。それともあの人の感じの悪さって私自身の心の投影 ?  だとしたらすごくありがたいわ。自分ではなかなか気づけないから。いずれにしてもあの人の感じ悪さのお蔭であの人と深入りする必要もないってわかったし、

だとしたら私にもっとふさわしい人がいるってことを教えてくれているのよね。よかった。わざわざあの人に攻撃の矢を放たなくて」

 

こんな風に考えるのなら、それは識別であって、識別自体は自分の力になるということなのです。

 

一旦このことに気づくとジャッジ癖はかなり和らぎます。たとえジャッジしてしまってもすぐに意識を真ん中に戻せるし、ジャッジ癖が出てしまったとしても、それに対して自分自身までジャッジしないようになんとなく気を付けるようになります。

 

つい最近読んだ本。

 

最初は「タイトルも素敵だし、なんかいい感じ」

ところが「なんか、中身がないなぁ。私には合わないみたい」

そして「この著者の人、本物かな、なんかちょっと光が足りない気がするんだけど」

 

ついに。「そっか、私は私の書くものは中身がないし、光がないかも、って思ってたんだ。無意識のうちに。やだー、物書きがそんなこと思っていたら読者さまに申し訳ないじゃない。よかった、気が付けて。私は唯一無二の存在だし、私の書くものはユニークなんだわ、たとえそれに対して気に入らないという方がいたとしても一方で光を見出してくれる方もいるんだから。この本には最後まで読むようなご縁は感じなかったけど、すごく大切なこと教えてくれた。これもご縁の一つなのね。天に感謝だわ」

 

これって識別ですよね。ですので私自身納得、満足です。この本にもきちんと存在意義があるというリスペクトを感じられたのですから。

 

このリスペクトが自尊感情にプラスの効果をもたらしてくれるのです。ちなみにこの本は愛について書かれたものでした。おそらく私は自分自身への愛に気づくように、とこの本を手にするように導かれたのではないでしょうか。

 

他者も自分もジャッジしない。

 

その方が自分も相手も幸せになれるし、そのエネルギーが地球に反映されればささやかな地球貢献にも繋がります。ささやかだけど、こういうことを積み上げていくと自分も変われるし、地球も変わる。少しずつ、でも確実に。

 

こういう地球貢献の仕方もあり !  お金も手間もかからない地球貢献方法のご紹介です。

 

 

きょう浮かんできた言葉は「 Everything is OK 」

 

ちょっと調べてみたら、


Everything is OK because you are here.

すべてOKだよ、なぜならあなたがここにいるから。

 

とありました。これって最高級の誉め言葉ですよね。自分自身に向けて、の。同時にどなたに対して、でも。

 

この「ひかりのしずく」コーナーの原稿はいつもはかなり推敲するんですけど、きょうは書きっぱなしな気分です。

 

まっ、いっか、Everything is OK  !  だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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