失敗を祝福する心の余裕

成功と失敗。

 

あなたはどちらを望みますか。

私は。

成功かな、失敗するよりは成功がいいかな、と感じていました。

 

実は私は「失敗」をものすごく恐れている、という深層心理がある、ということに今朝気づきました。

 

失敗はいけないモノと思っていたみたいです。

 

よく言われるのは、私たちに起きていることに成功も失敗もない、ただ経験があるだけだ、という言葉です。

 

そうなんです、頭では理解していました、ハートのド真ん中がこれを拒否していたみたいです。

 

失敗しちゃった、でも楽しかった。

失敗しちゃった、でもそれって成功へののびしろがあるってことだよね。

失敗は成功の母。

 

そもそもすべてのことが「成功」ですね。

まずその認識が腑に落ちていませんでした、私の場合。

 

便宜的にわけた「失敗」が起きても、人生がそこで終わるわけではありません、

神様に見離されるわけでもありません、

誰かに対して「恥」を感じる必要もありません。

とことん落ち込む必要もありません。

 

そもそもその一見「失敗」だって、視る人がみれば「それって十分成功の範疇だよ」となるものなのかもしれません。

それを「失敗」と決定づけているのは、その人の思考のフィルターに他ならなかったんですね。

 

そうなんです、失敗を恐れることはないし、もし万が一失敗してもその状況を楽しんでしまえばいい、また次につながったね、と笑っていればいいんです。

それなら私にもできそう(笑)。

 

「失敗」のフィルターが外れると、どんなコトにも喜びを感じられるようになるのではないでしょうか。

 

あの日の失敗が今になって思うと全部成功体験だった、ということばかりだと「やっと」気づきました。それに成功体験も失敗体験もその価値は同じ、どちらも大切な経験の機会ですね。

 

失敗を嫌う必要も恐れる必要もありません、まして失敗という色メガネを多用することもないんです。

 

こんなに簡単なことなのに、深層心理ちゃんって屈折してるなぁ。それが彼らの最大の魅力なのかもしれないですね。屈折ちゃんと対等にわたりあえる柔軟性という「魔法の杖」が私たちには授けられているのですよね、きっと。

 

 

 

 

※ 追記

 

当エッセイを書いたお蔭なのか、股関節に「動き」が出始めました。調べてみたら仕事に対する敗北感の解放の様子。春はさまざまな関節が緩み、それと同時にさまざまな深層心理が解放されていきます。それが私個人のものであると場合と集合意識を関知しての場合と両方あります。

 

今回の解放がどちらであるかは不明ですが、嬉しい解放です。

 

女性全般の仕事に対する敗北感の可能性もあるようです。

女性のみなさま、祝福ですね、お互いに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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