私は私のあら捜しをするのが一つのお役目らしい

花まつりのせいでしょうか、本日連投。

 

数日前のエッセイでお話したように、私たちは健康についての探求をしようとした場合、必ずと言っていいほど病気体験がセットになってきます。

病気にならなければ健康の真のありがたみがわからないから。

 

私の場合も、私自身の体調不良、そして愛猫・ぴぴ麿と海・かいの重篤な病気の体験が先にあって、その後に健康のための、私流メソッドが出来上がりました。

 

例えば生と死。

きちんと生きるためには死の何たるかも学ばなければなりません。

私の場合、両親、兄、そして海・かいの突然死などがそれにあてはまるようです。

死のいたみをしっかり味わうことで生きることの意味、喜びがわかる、という、いわば光と闇の法則のようなもの。

光が大きければ当然闇も大きい。

闇が大きければ当然光も大きい。

 

そう考えると私はかなり極端な体験をする魂のような気がしています。

 

ふと先ほど浮かんできたのは、どうやら死と生、健康と病気については何らかの区切りがついた模様なんですが、今度は心の光と闇についての体験をさせられているようです。

 

私は自分のあら捜しをするのが第一段階。

そこに光をあてて価値を反転させて自分の長所を導き出すのが第二段階。

 

ところがどうも自分の欠点を感じるのが嫌で、一旦自分のあら捜しをしながらそれを他の人に投影して、さらにその投影を自分のこととして読み取る、という、ワンステップ多い方法論を重ねて来たみたいです。

 

そりゃあ、疲れますよね。

否定、否定の後の肯定作業ですから。そうやって投影したエネルギーを一旦引き取って自分で昇華し直す。おそらくパワーも通常のプロセスの何倍もかかったのではないでしょうか。

 

そもそも「あら」が「いけないモノ」とジャッジしてしまっていたから、のことです。

「あら」、一般には「欠点」と言いますが、「欠点」も自分の一部、ということがどうしても受け容れられなかった。

「欠点」も含めての私の個性なのです。

それを「受け容れない」限り、何回も何回も自分のところにそれが還って来てしまう。

 

これがエネルギーの法則です。

 

死生観とか健康観とか、その辺は一応私なりのお役目を果たしてきて、次は心の課題だよ、意識の課題だよ、と宇宙から言われ、なんとか自力で、つまり自己流で対応してきたつもりになっていたけれど、どうもロスが多い、だから疲れる、ということにやっと先ほど気づけたみたいです。

 

いゃあ、本当に疲れちゃいました(笑)。

 

だっていつも何かしらの「あら」「欠点」が浮かび上がってくるんですから。

 

けれどこれらを一通り感じなさいというメッセージも感じていたので、もしかしたらきょうのメッセージは「おめでとう、やっと一巡したね、一区切りついたね。実はもっと簡単な方法論もあったけど、君の場合はたっぷり味わってもらった方がよかったから」みたいな祝福メッセージなのかもしれないな、と感じました。

 

4月8日の8って横にすると「無限大 ∞」マークになって、すべてのことは終わることなく循環し続けるという意味にも受け止められるものなんです。ただあまりにも循環プロセスが長いと、人は本当に循環しているのかしら、停滞ではないかしらと疑心暗鬼になりがち。多分私自身の中にもそんな気持ちがあったんでしょう。

 

宇宙にはすべてお見通しだということですね、いくら私たちが取り繕おうとしても。

 

で、いい加減フォローしないとパンクしちゃうぞという親心なのかそれこそが慈愛なのか、私にわかるように事の成り行きを伝えてきてくれたのかもしれません。

 

そう、1時間くらい前からやたら「疲れた、疲れた、もうやだ、本当に疲れた」と口に出して言っていたから(苦笑)。

 

疲れた時は疲れた自分を認めようと決めたばかりのこと。それが良かったのでしょうか。

 

数日前、私はメチャクチャ自己否定が強いということに気づき、さらに私は私のことが大嫌いだ、ということに気づき、これはどちらも潜在意識についての気づきでした。

今回の「私は私のあら捜しをするお役目がある」というのも潜在意識についての気づき。

 

潜在意識には多分まだまだいろいろなことが隠れているんです、おそらく一生何かしらが隠れている。

それと上手に付き合うコツ、みたいなもの、やっと見えてきましたので、おそらくそれを私流メソッドとしてまとめろ、という指令が来ているのでしょう。

それをまとめる段階で、きっと何かしらのサポートが入ります。

 

これは今までの経験からほぼまちがいない気がしています。

 

私たちのこの世での作業、一連のお仕事などはすべてこのパターンによって宇宙のワン・ピースとして組み込まれています。宇宙というジクソー・バズルの「ピース」です。

 

私たち自身が動いているように思っても、実は主はあちら。

司令塔はあちらなんだな、が正直な気持ちです。

 

またまた大きなお役目が来てしまった気がするけれど、仕方ないですね、心の仕組みや意識の作用のメソッドが出来上がればおそらくですけど、地球全体へのなんらかの作用にも関係してくるはずですから。

 

今朝浮かんでいたメッセージ。死と再生、復活、そして急激な変容を意味する「ヘビ」のイメージに関連する大がかりな何かが感じられていました。さらにそこから「無限性」のメッセージも。

 

ハッキリ言って私の頭だけでは到底イメージしきれないものばかりです。

 

多分、この手のこと、私だけが感じているわけではなくて、少し視点は異なるけれどたくさんの方に同じような状況が起き始めているのではないでしょうか。

 

ここ数日のエネルギーの重だるさは半端ではありません、つまり意識の重だるさです。

これだけ重い感覚を感じきれば、きっとその先にはトコトンの軽さが待ち受けてくれていると信じて共にこの状況をも人生の喜びとして享受できるといいですね。 

 

 

 

 

 

 

 

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