私は私が大っきらいだった、という事実

変容の嵐は続いています、昨日2018年5月15日も「激動 !」の一日でした。

 

今朝は鼻水、タン、下痢という症状があらわれ、私の中の何かが大きく浄化されたことを教えてくれています。

 

さらにビックリしたのは、「私は私が大っきらいだった」という事実に気づかされたこと。

深層心理、潜在意識でのお話です。

 

私はカーネーションがあまり好きではありません、嫌い、というのではなく、なぜか自分からあえて買おうと思わない花の一つなのです。

 

お花は大好き、店頭で出逢いがあるとすぐに買ってしまうタイプ。

母の日にカーネーション、でも、なぜカーネーションなんだろうと素朴な疑問。

心に引っかかるモノがある物事は自分の人生の課題のカギを握っているという事実、よし、カーネーションに何かある、と感じ、調べてみました。

 

するとカーネーションにはリ・インカネーションの意味があるのでは、という記事に遭遇。

その記事によると、輪廻転生 = リ・インカネーションは肉体をもってしか成しえないこと。その肉体のこの世への創造の役割の一部を担ってくれているお母さんにカーネーションを贈ることで「この肉体を生んでくれてありがとう」という感謝の想いに繋がっているのでは、とのことでした。

 

なるほど !

 

今まで一度も感じたことはないけれど、私は自分の肉体が嫌いなんだ、自分が輪廻転生してきている事実が大嫌いなんだ、とものすごい展開への意識が浮かんできました。

 

そっか、私はこの世に生まれてきたことも、その象徴であるこの肉体も大嫌いなんだ、つまり私は自分の「生」をある意味、のろっているんだ。

 

これ、集合意識の可能性もあるのかな、と感じています。

集合意識であれ、私がキャッチしてしまった以上、私自身に「受け容れろ」という指示が来たことと同じなので、まずこの事実を認め、受け容れました。

 

すると、こんぐらがっていた、うん ? こういう表現あるのかな、ま、続けますね、こんぐらがっていた意識が解け、私は自分を大嫌いなんだ、という事実に気づくことで自分を大好きになる、という意識転換のチャンスをもらったんだ、と新たな側面が浮かんできました。

 

※ 追記 ↑こんぐらがる、ではなく こんがらがる、ですね、きっと。後から浮かんできました

 

逆の言い方をすると、私が自分を好きになろう、自分を愛して、自分自身を慈しもうと「自己肯定意識」を強めて来たことの背景には、私が自分を大っ嫌いだという感情があったからこそ。

 

つまり自分を大っ嫌いだと感じる感情とその意識は、自分を大好きになるための大切な踏み石だったということです。

 

大嫌いは大好きの裏返し。

 

この二つの感情は元々は同じエネルギーからできています、その、光の部分が少し薄くなったものが「大嫌い」、光と闇のバランスが取れたものが「大好き」。

 

そう、ここでもコインの裏表、表裏一体の原理原則が活きてきます。いずれもがあって一つのコインです。大嫌いも大好きも価値は同じ、その言葉のもつ意味の重さも同じだということです。

 

私は誕生日の数字の意味をあらわす「誕生数秘」の考え方で視ていくと、マスター・ナンバーと言われる「33」の誕生数秘に相当する誕生日に生まれています。

 

「33」の数字の意味するものは「愛の奉仕人」なんだとか。

 

「愛の奉仕」がなんであるかを学ぶための魂です。

そして「愛の奉仕」の意味を学ぶために、「愛の喪失」「愛への飢餓」という状態を携えてこの世に生まれて来た魂です。

 

「愛の喪失」「愛の飢餓感」をしっかり感じ取り、それを「愛の奉仕」のエネルギーに転換することが私の人生の課題です。

 

「愛の奉仕」だけを視ていたのではコインの裏表はいつまで経っても「成立」「確立」しません。

 

この原理に気づいたのが、ここ2年くらいのことでしょうか。

 

そのため、徹底的に自分の視たくない側面、一般に言われる「自分の闇」「ネガティブ」「欠点」に向き合って、自分自身の一部として統合し続けて来ました。

 

まだ道半ば。

けれどやっと何かが視えて来たという、何らかの嬉しい予感を感じています。

 

将来の新なる光でしょうか。

 

当エッセイの通しテーマである「ひかりのしずく」は私を導いてくれる灯台のようなものでしょうか、私の水先案内人は、私自身が発する言葉だということ。

 

私自身の言葉はどこかの書物からの引用ではなく、私自身の潜在意識から浮かび上がってくる言葉がメインになっています。

 

すべての光の源が私自身の中に備わっている、ということの体感がやっと感じられるようになりました。

 

私の人生の答え、私の人生の羅針盤は私自身の中にある、そしてあなたも、さらにすべての人に同じことが言える、ということがストンと腑に落ちはじめています。

 

まだまだ長い道のりですが仕方ありません、楽しむしかないですね、人生の喜びを全身で味わうしか。

 

鼻水、タンはすでにおさまっていますが、下痢はまだ残っています。

身体からの大切なメッセージ、「下痢」には「次なるステップへの前進」「自分を高く評価する時が来ました」の意味があるらしいんです。

 

「下痢」も大切なGiftの一つ。

自然におさまるまで、「ありがとう、大好き」の想いを伝え続けます。

 

 

 

 

 

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