待ち望んでいた世界

いよいよたどり着きました、私の待ち望んでいた世界。

 

『カミの人類学』岩田慶治・著

 

まだ届いたばかりですが、のっけからガシッとハートをつかまれました。

 

以下、本文より。

 

『われわれの一日は当然のことながら、昼と夜からなっている。そう思って疑うことがない。

 略

 しかし、あえて夜を凝視してみると、そこには昼と夜の二元世界をこえた一つの場所があるよう

 に思える。夜の夜といってもよい。

 略

 夜の夜が昼と夜を支えていたのではなかったか。』

 

そして書かれています、『論文ともつかず、エッセイともつかない。』

 

私が表現したい世界、多分これです。

 

そして夜の夜のお話。

 

光と闇。私はこの先に「闇の闇、たぶん真っ暗闇」というものがあって、真っ暗闇が実は光と闇を支えているのではないかと感じています。

 

光がよくて闇が悪い、というのではなく、総体としての真っ暗闇の中に光も闇も集約される。

その実は、すべてを包括する「真っ暗闇」なのだと。

 

嬉しい。

 

今まで何十冊といわゆる「こころ」に通じる本を読んできましたが特にニューエイジ系、スピリチュアル系、精神世界系、自己啓発系は、文章にオリジナリティーが感じられない、ほとんどがどこかで目にした表現ばかり。

 

経典、教典の類があって、それをその人流の解釈でおさめている感が強く、もちろんそれはそれで一つの資料としてはためになるのですが、私の感じたいことはそういうことではなくて、と忸怩たる思いにとらわれていたのが本当のところです。

 

好みの問題です、単に。

 

けれどせっかくなら好みの本を読みたい。

 

普段滅多に古本は買わない私ですが、絶版らしいので仕方ありません、Amazonで中古本を購入しました。

古本を買わないのには理由があって、同じように本を執筆する立場の人間として、著者の方への敬意の気持ちを形にすると、新刊を買うことが私にとってのベストだからです。

 

文庫本だと思っていたら単行本だったという、いかにも私らしいチョンボもあって、けれど実は単行本が大好きなので、このチョンボ込みでのプレぜトンみたいです。

 

数日前に、「経典、教典はもういらない」というメッセージが浮かんで来ていました。小説、エッセイ以外のいわゆる専門書や実用本などはすべて処分しようと思っていました。

 

やっとそのタイミングが訪れました。

 

いい古された言葉ですが、「すべての答えは自分の中にある」。

 

この感覚がストンと腑におちはじめて来ていた時なので、自分と共に生きようと、改めてそんな決心が私を包んでくれています。

 

すべてシナリオ通り。

 

すべての人の人生が、シナリオ通りなのです。

 

400ページ近くの本、字も小さい。

 

読破できるのはいつなんでしょ。楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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