人のジャッジなんてしている暇はない

今、クッキリと心の声です。

 

人のことを良いとか悪いとか識別は良いけれどジャッジをしている暇は私にはありません。

 

あの人のここが気に入らない。

なぜならあの人は○○という点がいたらないから。

だからあの人の人生はこうなんだ。

 

こんな考え方がジャッジです。

 

厳密にいうのならジャッジそのものは構いません。良い悪いはありません、あ、ジャッジしているな、と気づけばそれは自己統合に繋がりますから。

 

けれど徹底的にある人に攻撃の意図を向けたり、自分の人生じゃないところにたくさんのエネルギーを使ったり。

 

もったいない、エネルギーは自分のために使わなきゃ。

 

この世のすべては自分の鏡です。

鏡が見せてくれている事実の真意は自分自身の統合のためのGiftではないでしょうか。

 

せっかくのGiftを自分のために使わせてもらうのか、人へのマイナスへの意識に使わせてもらうのか。

 

どちらもあり。

 

ですけど私は自分自身のために使わせてもらう人生を選択しました、たった今。

 

4月に亡くなった友人のお蔭かもしれません。彼女は突然死でした。人から視れば志半ば、と思える旅立ちでしょう。彼女の魂的には「やりきった」という状態だったとしても。

 

誰だっていつ「その時」が来るかわかりません。

私だってもちろんわかりません。

 

だとしたらそれまでの時間を今まで以上に濃いものにしたいと思いました。

きっと紆余曲折、いろいろあると思います。そうは言ってもなかなか自分の思い通りには進まないものなのかもしれません。

 

あれ、またやっちゃった ?  みたいなところ、きっと私にはたくさんあるはずです。

 

それでもあえて、自分の時間は自分自身の魂の喜びのために使おうと思いました。

自分自身の魂のために使った時間は、周りにも地球にも宇宙にも光として輝いてくれるはず。

 

たとえそこに「闇」と思える意識が隠れていたとしても。

 

それでも私のエネルギーは私の魂の喜びのために使わせてもらおう。

 

そのために授かった大事なエネルギーなんだから。

 

私たちは絶対的体験をするために、個々のシナリオと共にこの肉体とエネルギーを授けられてこの地球に存在させてもらっています。

 

今この時のこの体験、体感は一期一会のプレゼントです。

今を逃したらできないこと、感じられないこと、たくさんあるはずです。

 

遅すぎるなんてこともありません。

 

できるんです、体験はいつからでも。

自分がそれを望みさえすれば。

 

自分の欲望もまたGift。

 

自分のハートからの想いと共に、さ、今からさっそく始めます。

 

一人語りのようなこの言葉もきっと必要な方の元に届くはず。

 

 

 

 

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