腰の痛みのメッセージ

きのうのエッセイでどうやらパワー・ヨガで右腰を痛めてしまったらしいとお話しました。

 

ありがたいことに、ピラティスという、体幹を整えるエクササイズをしたら治ってしまったようだ、とも。

 

さて、その翌日であるきょう 笑、右の腰の痛みは完全に治っていますが、今度は腰の真ん中、腰椎というようですがそれらがジワジワと動いている感じです。

 

ひねりによる、右腰の痛みがトリガーになったんでしょうか。

 

その、腰椎と呼ばれる部分の痛みの真意は、と早速調べてみました。

 

「圧倒的犠牲」の解放、だそうです。

 

私と似たタイプの方は結構多いと思うんですが、実は私は罪悪感が強い方で、特に実家で起きていた一見不幸なアクシデントはすべて自分のせいだ、と感じる心のクセが強かったのです。

 

本来、起こるべくして起きたことばかりなので私のせい、なんて感じる必要はないし、またそう感じることはある意味「エゴ」を膨らませることなので、自分自身にとって決して良いクセとは言えないものでした。

 

が、ずっとそういう思考を続けて来たので、今度は他者の身に上に起きたことも、どこか自分が関与しているんじゃないか、自分が至らないせいじゃないか、と受け止め続けていたんです。

 

そこにあるのは「自己犠牲」です。

「自己犠牲」と言うとどこか良い人チックな匂いがしますが、それは同時に「自己卑下」でもあって、つまり自分の等身大の力を認識できないが故の心のクセだったのです。

 

きのうも「自己肯定」についてお話しました。

「自己肯定」は「自己卑下」とは真逆の概念です。

同時に「自己犠牲」とも真逆です。

 

私の場合、無意識のうちに強い「自己否定」のかたまり、という人生を歩んできました。

同時にそれは「自己卑下」であり、「自己犠牲」を伴うものでもありました。

それが自分を「受容」し、自己肯定をすすめていく中で、綺麗にさぁっと剥がれ落ちようとしているというのが今の私の腰の状態です。

 

自己犠牲は言葉をかえると自己欺瞞にも繋がるかもしれません。

 

自分にウソをついて、自分に犠牲を強いて来た人生にさようなら、の時が来たよ、というメッセージです。

 

不思議なことに私はあまり腰痛というものを感じたことがないんです。

その真実は。

あまりに凝り固まり過ぎて、痛みすら感じられなくなっていた、というのが本当のところでしょう。

 

本当は腰は悲鳴を上げていたはず。

その悲鳴さえ抑圧し続けて来たのが過去の私の姿です。

 

良かった。

 

ジワジワジワジワ、腰が呼吸をしはじめてくれたような感覚です。

 

カウンセリングを受けて下さるクライアントさまにもいらっしゃるんですが、全身バリバリにかたまっているのにご自身は自覚症状がゼロ。

身体は悲鳴を上げているのにそれさえ気づけなくなっている。

 

そういう方は将来的に、結構な病気を発症しやすくなります。例えばリウマチとか。

絶対に、という意味ではないですけれど。

 

人のことは言えないんですが、行き過ぎた自己犠牲なんて、美徳ではないんです。

 

もちろん「不要」なものではないけれど、あり過ぎると自分自身への強い拒絶、攻撃に繋がります。

我慢が美徳とか、なんでも「和」とか、日本人は自分の感情を抑圧するように教育されている傾向が強いので、いよいよとなった時は、大変な状況になっていたということが少なくありません。

 

そういう古い社会通念のようなもの、もしその時が来ていると感じるようなら自分自身の意識で手放していくとスッキリ加減が目に視えて変わるかもしれません。

 

「自己犠牲」については宗教チックな考え方、スピリチュアル、精神世界の考え方に通じている方の共通の結界なのではないでしょうか。

 

結界外しの時、のサインでもあるのかもしれませんね、私の腰のジワジワ感は。

 

 

 

 ※ 追記

 

今、想い出しました。

亡き父は躁うつ病治療のためたくさんのお薬を飲むように指導され、結果、パーキンソン病症候群という新たな症状まで招いてしまいました。

 

パーキンソン病については頑固で厳格な人、完璧主義な人、不安や恐れなどを人に知られないように抑圧し続けて来た人が発症しやすい病気だとされています。

 

「自己犠牲」や「自己欺瞞」と繋がる気がしました。

 

一般的に私たちは先祖や両親の体質を引き継ぐとされていますが、私はその「気質」を引き継ぐのでは、と感じています。

 

自分の課題に立ち向かうためには同時に両親の課題に目を向けることが大切です。

 

私の場合は、両親が他界してからそのことに気づき、ああではないか、こうではないかと課題を探りつつ前に進んできたのですが、もしご両親がご健在なら、早い段階でご自身の課題として向き合われる方がよりスムーズに課題をクリアできるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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