セミ、鳥。自然界からのラブ・レター続々

今朝はセミの鳴き声で目が覚めました。

 

早くないでしょうか。

この時期にセミ。

それも一匹、二匹ではありません、かなりの大群。

 

なんでもセミには「復活、再生」の意味があるんだとか。

中国でのお話。

 

中国には「仙人思想」というものがあって、同時にそれは不老不死という概念を伴うものだそうです。

 

魂的に、でしょうね。

少なくとも私のようなタイプの人間には「仙人」も「不老不死」もふさわしくない。

きのう、そんなことをふと感じ、もしかして私たちの集合想念の中に、「不老不死」概念が根付いていて、それが「人間」である私たちに苦しみを与えていることはないのかしら、と感じ、その意識の結界を意識的に外したばかりです。

 

そのことへの「返礼」が今朝のセミの大合唱でなかったとは言い切れません。

なんとなく、そんな気がしました。

 

新たな価値観の創造でしょうか。

復活、再生。

 

ちなみに再生という言葉には再スタートのような意味があり、復活とは微妙にニュアンスが異なるらしいことにきのう気づきました。

 

復活、とは前の形の延長。

再生、というのは新たな何かが蘇った感覚らしいのです。まさに再び生まれる。

 

蘇り、は復活に近いような気もするけれど、何か新たな命の吹き込みがなされるもの、それが再生の意味するところなのかもしれません。

 

創造。

 

さて、昨晩寝ている時に不思議な感覚に引き込まれました。

ここ数日、愛犬・華実の深夜の過呼吸で、私もかなりの寝不足状態。

 

きのうは昼間、「あのね、暑かったらエアコンの入っているリビングで寝てね」と華実に話しかけていました。

そう、華実は暑くてもなんでも私のそばで寝て、それでハァハァ過呼吸チックを何時間も繰り返すので、華実自身にも負担がかかってしまうだろうと感じたのです。

 

すると、なんと !

 

きのうは一晩中リビングで寝てくれて、私もここのところの睡眠不足が緩和されて、お互いに幸せな気分。

もっともその大半は私の意識の投影によるところなんでしょうけど。

何より華実の賢さに親ばかが爆裂状態で嬉しくて仕方ないのです。

 

その、きのうの真夜中、ふと目がさめると、家の外の近くなんだけれど、なんとなく遠くの世界で鳥がさえずり続けているのです。

 

実は一昨日の真夜中もそれを感じていました。ただ一昨日は華実の「ハァハァ」のお蔭で私の気持ちに余裕がなく、確信をもてないでいたのですが、きのう、確かに感じました。

 

「異次元の世界 ?」

 

鳥のさえずりは近いようで、遠い世界から聞こえてくるのです。

幻聴ではありません、実際にきちんと聞こえています。

けれど鳥のいる世界と私のいる世界の間には、確固たるカーテンのようなものが存在しているのです。

 

もしかして、真夜中の鳥の会合は昼間のそれとは異なる世界なのかもしれません。鳥による地球会議でしょうか。彼らは私たち人間のことも自然界全体のことも含めて、私たちより少し高い視点での会合に参加しているということはないでしょうか。

 

鳥には意識と無意識の統合、そして魂の直観などの意味合いがあるそうです。そう考えると、異次元での地球会議はまったく根拠のないものとは言えないかもしれません。

 

セミと鳥。

いずれも羽根のある生き物です。

羽根のある生き物は高次からの遣いとの意味もあり、鳥にはまさに「飛躍」のメッセージが託されているんだとか。

 

さてさて、この荒唐無稽チックストーリーは、私の妄想なのか、それともあちらからのメッセージなのか、どちらなんでしょう。

 

個人的に鳥のさえずりには高い癒し効果があることを実感しています。すずめの「チュンチュン」を聞いた途端、私の波動調整がなされる感じ。逆に言うと、明らかにすずめの方が私より波動が高いということなのかもしれません。

 

このように自然界はさまざまな形で私たちにメッセージを伝えてくれたり、私たちの生活をサポートしてくれたりしています。

 

欧米諸国には自然は支配すべきもの、というような考え方があると聞いたことがあります。

一方、東洋思想系では自然と共に、自然と共生というような考え方がありますね。

 

どちらが正しいではなく、けれど私には自然との協調の方が心地よい。

この暑さも自然界の生き物に支えられて、なんとか切り抜けさせてもらえるんだろうな。

 

彼らのすべてに魂が宿る。

それが日本古来の「八百万のカミ」の意味するところですものね。

 

ちなみに華実の過呼吸は暑さ調整です。

体調不良によるものだとヒーリングが効果的。

 

何度も試してみたのですが、ヒーリングをしても状況は変わりません。

本来、具合が悪ければ、それをできるだけ真ん中に戻そうとするためにヒーリングが起こります。

 

私がセッションで行わせていただくヒーリングで、その時の症状が緩和しないというペット君はほぼいません。

ただし、そのペット君が「改善しない」と選択している場合は別です。

その場合は最初に「ヒーリングはいらない」という主旨のエネルギーを送って来てくれます。

 

華実の場合、いるもいらないも確認しないで送ったので、「ヒーリングはいらないんだ。だってただの調整だから」という意識をヒーリング後に送って来たことになります。

 

その証拠に、というか私はヒーリング・エネルギーをお送りすると、お相手のエネルギーのつまりを自分の身体で感じることが多いのですが、華実に関してはまったくつまりなし。少し不安だった心臓も元気です。

 

そもそも華実はかなりエネルギーの強いコで、ヒーリング・エネルギーを送ると逆に私がヒーリングしてもらう結果になることがほとんどです。

ですので最近はあまりヒーリングはしないようにしています。

 

華実は基本自己完結で自分の状態を保てるコのようですから。

 

結局、今回の「ハァハァ」も現象としてはかなりの過呼吸に視えても、身体への負担ということでは「問題」状態ではなく「調整」状態で、いつもの呼吸とたいして変わりない、ということを華実は私に伝えたくて仕方なかったようです。

 

さらにこれは、と感じたのは、もし華実が何らかの体調不良を起こしていれば、愛猫・海・うみが真っ先にヒーリングをしてくれます。

猫さんの方が私なんかよりよっぽどヒーリング能力が高いんです。

 

けれどどう見ても海・うみはノータッチ。

 

ということは華実はどこも悪くはないというわけなんです。

 

動物君のもっている力を信頼すると、たいていの場合、人間は騒ぎすぎ、パニクリすぎということが視えてきます。もちろん私自身も。一番ジタバタしているのは私。華実も海・うみもいつも通り。

 

まだまだ元気な華実ちん。

華実のことは華実自身にお任せしておこう、とまたまた気持ちが切り替わるチャンスになりました。

 

自然界からのお知らせ、愛の手紙は私たち人間を応援するエールの役割を果たしてくれているのかもしれませんね。

 

とすると、いかに彼らの声に耳を傾けるかで、私たちの整い加減が変わってくる、ということではないでしょうか。

 

自然界の懐の深さ、その愛は母の慈愛そのものという気がします。

私たちにとっての共通の、根源の母、それは聖なる地球。

 

地球からのプレゼントに囲まれて私たちの命が在る、という事実。

 

 

 

 

 

 

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