「奴隷体質」「奴隷気質」からの卒業

私は「宇宙」にも「カミ」にも「地球」にも隷属しません。

 

また何人にも従属しません。

 

突然あらわれてきた「奴隷」という言葉。

そして「隷属」「従属」という言葉。

 

いずれも自分は「主」ではないと宣言する言葉です。

自分の命、生の営みの「主権」を誰かに委ねているという意味です。

 

「隷属」「従属」の先には「依存」が存在します。

常に何かと、誰かと共依存の関係。

 

共依存の関係はお互いにエネルギーを奪い合うことはあっても、エネルギーの好循環にはつながることがありません。

常にお互いが疲弊し合う関係です。

 

私たちはそれぞれが「自立」し、そのうえでお互いに助け合う「相互依存」の関係においてこそ、その潜在能力を十分に引き出し、活用することができます。

 

「共依存」と「相互依存」は似て非なるもの。

 

主権を誰かに委ねている限り、私たちはもてる力を存分に発揮することはできないのです。

能力、ポインシャルの抑圧です。

 

この「体質」「気質」が私たちには備わっていることがわかりました。

支配し、隷属させ、従属させたい誰かが、そのパワーを私たちの中に植え付けたようです。

今まではこのパワーが有効だったのですね。とても大切な力です。

ここにきてやっとこの「力」にお世話にならなくても済むようになりました。

 

自分の意識一つです、自立も依存も。

主権を自分に呼び戻すのも、他者に委ね続けるのも。

もちろんどちらを選んでも優劣はありません。責め苦もありません。すべてが受け容れられます。

 

さて、おもしろくなりましたね。

 

自分の人生の「主」は自分である、と宣言することができる時がやってきました。

 

あらゆるモノゴトに自己責任が派生することになります。

それでも私は冒頭の宣言をすることにしました。

 

それでも孤立することはないからです。

必ず、誰かとの、なにものかとの共同作業になります、協調による。

 

私たちはなにものかと融合、融和することのできる命を携えています。愛し、愛されながら。

 

そのなにものか、とは常に対等、フラットの関係です。

 

「オール・フラット」。

 

当エッセイを執筆する前にものすごく強い力が私に流れました。

 

でなければこんな文章は書けません、笑。

 

 

 

 

 

 

※ 追記

 

当エッセイを書き終えた途端、右手の薬指をリビングのサッシにはさんでしまいました。

ケガにも潜在意識からの貴重なメッセージが託されています。

 

薬指のケガは。

 

理想とする人間関係のパートナーにおいて、今まで「共依存」だったことが手離れした。

心の中にあった哀しみが解放された。

 

今まで「枝葉」しか視えなかったものの全体像が視えるようになったサインだそうです。

 

ケガはすぐにアイスノンで冷やしたため、出血のあとはありますがほぼ治ってくれています。痛みなし。

この分ならセルフ・ヒーリングの必要もなさそうです。

 

 

 

 

 

 

 

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