ご褒美三昧

当エッセイを執筆しようとパソコンを開いたら「18」が4つも並んでいました。

 

日本の考え方の数霊「18」。

さらにニューエイジ系のエンジェルナンバー「1818」。

 

共に「大変容」のお知らせのようです。

あえて詳細は書きませんが。

 

西の空があまりにも美しすぎてため息モード。

ところが南の空もピンクとブルー。

 

月も見た目にはほぼ半月。

ピッタリ半分なのかどうかはわかりませんけど私にはそう見えました。

なかなか「半月」って視られない気がするんですけど。

 

もしかしたら、きょうはものすごい日なんじゃないでしょうか。

 

前エッセイでお話したように、きょうはストレッチとピラティスのレッスンの日でした。

その後、「悲劇のヒロイン症候群」と「自己憐憫」の感情の手放しが起こり、大感動。

 

涼しいので愛犬・華実とのお散歩は海の公園まで。

対岸の建物がクッキリと視えて、さらに場所を移動すると富士山と彩雲。

彩雲は一瞬ではなく、かなりの時間です。

 

その後、何層にもわたったグラデーションの美しい夕景。

 

こんなにもたくさんのご褒美をいただけるなんて、なんて嬉しい一日なんでしょう。

 

私の目にした景色を視た方は何人いらっしゃるのかしら。

そのうちの何人が私のようにただただ嬉しくなったりするのかしら。

 

こうやって私たちには平等に愛が注がれている。

けれどそれをキャッチするかどうかはその人次第。

 

私はたまたまその時間に外にいて、たまたまのんびりと時間を過ごすことができたからそんな風に感じられるのかもしれません。

 

つまり同じものを見てもすべての人が私と同じように感じることなどないし、もしかしたらまったく異なる感覚で自然の姿を目にするのかもしれないのです。

 

すべての感覚が一期一会。

すべての感覚が唯一無二。

 

これが私たちの命の意味なのかもしれません。

 

私たちの細胞は刻刻と生まれ変わっていて、さらに毎日入滅と再生を繰り返している。

何も変化がないように感じられても実は毎瞬毎瞬変化が起きているのです。

毎瞬毎瞬、すべての命に変化が起きている。

 

まさに一期一会の時を私たちすべての命が過ごしているのです。

 

そんな奇跡の繰り返し、積み重ね、折り重なり。

それがすべての命に起きているのですから、私たちの命そのもの、生そのものがすべて奇跡だということが言えるのかもしれませんね。

 

あの人にはたくさんの奇跡が起きている、選ばれし人なんだわ。それに比べて私にはまったく奇跡なんて起こらない。なんて人生は不公平なんだろう。

 

そう感じていたら、きっとその方の人生はいつまでたってもアンラッキーでしょう。その方がそう決めているのだから。

 

私たちの人生はどうとでもなるんです、どうとでも受け取れる。

そのことを少し気に留めておくだけで、人生の喜びが満ち満ちてくるのかもしれませんね。

 

人生には自分の望まない、一見嫌なこと、つらいこと、大変なこともやってきます。

私たちの感情も同じです。

 

楽しいことばかりとは限りません。むかつくことだったり、意気消沈してしまうことだったり。

 

ただしそれらが永続的に続くことはありません。

時が過ぎれば自然に流れていきます、川のように、海のように、雲のように。

 

すべてを感じつくすことを求められている、私たちはきっと。

それがつながって人生の旅路ができていくのではないでしょうか。

 

私たちの生きた証として。

生きた軌跡として。

 

ただ愛と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

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