自分の「無力」「非力」を受け容れる

きのうの午後から16時間ほどダウンてしていました。

 

ある方のサイトをのぞいたことがキッカケになりました。

熱が出てみぞおちの奥が熱いような痛いような。

かなりのダメージを感じました。

 

その方のサイトは数年前よくお邪魔していて、けれど「? 」というエネルギーを感じることが増えたのでそれ以降は一度も訪問したことがありませんでした。

きのう調べものをしているうちに、なぜかそのサイトに到達してしまったのです。

 

こんな痛みははじめて、というくらい、いわゆる太陽神経叢でしょうか、大変な状態になっていました。

 

今朝目がさめてもまだ調子は戻らず、よほど強いエネルギーの共鳴が起きてしまったのだろうと感じました。

しばらく瞑想をしているうちに浮かんできたのです。

 

その方は自分の霊能力に何らかの「やましさ」を感じているようです。

その「やましさ」を隠すために、「一見」良いこと、素晴らしいと思えるような記事を書いたり、一斉での無料ヒーリングを行ったりしているようです。

が、その一方で、それが「自分は素晴らしい。自分は人より波動が高い選ばれし人」のような意識に変わり、つまり虚栄心を思い切り膨らませてしまっているらしいことが感じられました。

 

その方のお写真をみた途端「ヤバい」と感じるくらいのエネルギーでした。

 

その方をよく知るらしい方のコメントに「〇〇さんは今、禅の魔境に入っているのではと感じます」とありました。

 

なるほど、禅の魔境ですか。

わかりやすく言うと、神秘体験をしているうちに「勘違い」をして、その神秘体験の中の自分が本当の自分だと感じ始めてしまうことのことです。

 

カルトの教祖などはこのタイプが多いとも言われています。

 

その方がそうなのかどうかはわかりませんが、実は霊能力の高い方はともするとこの傾向に傾きやすいのでは、ということを私自身も感じていました。

私のそばにもそういう方がいたからです。

良い悪いではなく、事実として、現実として。

 

さて、このお話の本質は何かというと、私たちは誰でも虚栄心を膨らましやすい生き物だ、ということです。

自分に自信のない人ほどこの傾向が強くなります。

言葉を変えると自尊感情がきちんと育まれていない方。

 

心理学の言葉でいうと優劣コンプレックスというもので表現されます。

コンプレックスの強い人が自分を大きく見せようとして無意識のうちに虚栄心をどんどん膨らませてしまうのです。

 

そう、私自身にもその傾向はあるのです。だからこそ、その方の何かのエネルギーをキャッチしてしまったのですから。

 

虚栄心を膨らませていくと、本当の自分を視る力が極端に弱くなっていきます。

自己否定がどんどん強くなるのです。つまりありのまま、ではない一回りも二回りも大きい自分ばかりを追い求めるようになります。

 

そのプロセスでは本人はほとんど気づきません。

 

そしてある日、突然大病を発症したり、突然旅立ったり。

そんな状況を招いてしまう方がいることを間接的に何件か目にしてきました。

 

なぜ周りにいる人が忠告してあげなかったのだろうと思いますが、多分その状態では「聞く耳持たず」になるのでしょうね。

私の知人もそうでした。

 

だからこそ、私たちは地に足をつけて生きなければならないし、さらにいうのなら、自分の「無力」「非力」を認め受け容れることが求められるのではないでしょうか。

 

スピリチュアルの世界に足を踏みいれると必ず出てくるのが、「自分の可能性は無限大」「自分にできないことは何一つない」という考え方です。

 

確かに、可能性は無限大なのでしょう。

もてる力を発揮すれば私たちにできないことはないのかもしれません。

 

けれど万人がいつでもその力を100%発揮できるわけではないという事実もきちんと認識しておくべきではないでしょうか。

 

その万能感、全能感は時に誇大妄想と呼ばれるものに変わります。

 

「自分は神だ。自分にできないことなどない」という妄想です。とにかく気持ちいいらしい。だから後戻りできなくなってしまうのかもしれません、いよいよとなるまで。

 

さまざまな方がさまざまな視点で「いかに成功すべきか」、時に「いかに悟るか」というような情報を発信されています。

その中には参考になることもあれば、逆の意味でこれは反面教師的意見だなというものもあります。

 

特に心の弱い方は、愛という言葉が羅列してあったり、ほっとする言葉が並べてあったり、自分を気持ちよくさせてくれるような相手の方に「傾注」しきったり、「盲信」したりする傾向が強くありませんか。

 

私自身も過去にそういう時を経てきました。

 

だからこそ今思うのは、「自分には限界がある」「自分にはできないことがある」「自分にはどうしようもない宇宙の真理や摂理がある」という事実を自分の中に統合することの必要性です。

 

自分には限界がある、と認めることは恥ずかしいことではありません。

その限界の中でのベストを尽くせばいいのですから。

するとその限界は少しだけ拡がり、そしてまたベストを尽くし。

 

その繰り返しによって、可能性は拡がっていくものなのではないでしょうか。

 

耳障りのいい言葉がすべて「愛」によるものとは限りません。

それを見極められるのは自分自身しかないのです。

自分の真ん中にしかないのです。

 

いろいろなところに手を広げて、あれをつかもう、これをつかもうとしても真実はなかなか見極められません。

 

何をしてもヨシ。

人生の課題は人それぞれですから。

 

私は虚栄心が膨らみがちな自分と上手に折り合いをつけて、きちんと向き合って、できるだけ自分を見失わないで生きていきたい。

 

きのうたどり着いたサイトの方は私にとっては大きな意味での「反面教師」だったのかもしれません。

他の方にとっては「救世主」になる場合もあるのでしょうね。

 

ご縁もそれぞれです。

 

自分の勘を絶対に信じよう、とかたく心に決めました。

なぜなら私の人生のナビケーターは私自身だから。

信頼する人々の意見に耳を傾けながら。

 

ちなみに私の体調はすっかり元に戻っています。

大きな浄化、デトックスの波が押し寄せてきてくれただけでした。

前進のため、に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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