いかにオカルティックに生きるか

オカルト、と聴くと拒否反応を示す方がいらっしゃいます。

 

が、あえて「オカルティック」を使います。

 

ここ数年の私は「いかにオカルティックに生きるか」にフォーカスしていたんだ、ということにたった今気づきました。

 

オカルトとの適切な距離感が私の人生の課題だったのだと。

 

適切です、くっつきすぎでも離れすぎもでもなく、ちょうど良い距離感。

 

ふと感じたのはオカルトと近づきすぎるとハートの開示ができにくくなるのではないか、という事実。

私が目指しているのは、いかにハートを開示するか、ではないかと、そんなことを思いました。

 

ハートに寄り添う、心に寄り添う。

 

その手段として時にオカルトティックなアプローチをすることがあるかもしれません。

けれど「オカルト」が人生の柱ではない、決して。

私の場合は、です。

 

私は自分自身の心と共に生きるために、この世界にやってきました。

自分のハートをおきざりにした「手法」「ツール」は私にとっては「欺瞞」の味方となってしまうのです。

 

深呼吸、深呼吸。

 

オカルトとつかず離れず、時々少しだけ寄り添って。

 

たぶん、私の「ちょうど良い」はそんなところ。

 

私は魔女ではないし、巫女でもないし、呪術師でもないし、修行僧でも神秘家でもありません。

 

もしかしたら「過去」そんな時を過ごしたかもしれないけれど。

 

今生での私をしっかりと生き抜くことが大事。ものすごく大切、です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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