一年間の意識の書き換えを終えて 5

□ 地球とのつながり

数年前から、私には「グラウンディング」という言葉が何度も浮かびあがってきていました。

 

「グラウンディング」とは簡単にいうと「地に足つける感覚」のことを言います。

スピリチュアルな世界では「アーシング」と言ったり、地球へのヒーリング・イメージを含ませたり、解釈はさまざまです。

 

私の場合は、ただ歩く。

そして時々芝生の上で裸足になる。深呼吸をする。

 

それだけ。

 

この習慣はおよそ10年くらい続いているでしょうか。

当時は「グラウンディング」という言葉も知りませんでした。

 

意識を大地に向け始めたのは5年くらい前。

 

「母なる大地」という言葉がしっくり馴染むようになったから。

 

半年くらい前でしょうか、あるサイトに「これからは地球の上を歩くだけですべての情報が得られる。地球はその大地の上を歩く人を愛をもってハグし続けているのだから」というような内容のことが書いてあり、「やっぱり !」と自分自身のやってきたこと、自分自身の感覚はまちがいではなかったんだ、とものすごく嬉しくなったことを覚えています。

 

たったそれだけ。

けれどそれがすべて。

 

なんでも世の中は空前のスピリチュアル・ブームなんだとか。

 

「えっ ?  スピってブームなの ?」と私の中ですっとぼけた疑問が浮かびあがってきました。

 

じゃ、ブームの終焉があるのね。

そのブームが終わった時、人々はどこに流れるのかしら。

その人たちのお金はどんなビジネスに流れていくのかしら。

 

その後、徹底してスピリチュアルについての考察をしてみました、私なりに。

 

う~ん、魅力的なところがたくさんあるけど、私の人生の柱ではないな、と明確な答えが視えてきたのです。

 

同時に時々のぞかせてもらっていたスピ・ブログの中にものすごいスピ・エゴエネルギーが渦巻いている事実に気づきました。

 

あ、私もこうなる可能性大。

 

そして目が覚めました。

 

「地に足つけよう」と。

 

さらにひっぱられるように、一通りの世界宗教についてにわか勉強をしました。

スピリチュアルとの共通点が見つかりました。

 

世界宗教の中にも私の人生の柱はない。中には素晴らしい教えもあるけれど。

 

また一つ雲が晴れました。

 

すると。

 

私の中にアニミズムだったり、地母神だったりの言葉がすぅっと浮かびあがるようになりました。

 

自然との共生。

自然との共鳴・共振。

自然との協調。

 

頭はどんどんシンプルな方向へと向かっていきました。

 

その中の一つなのですよね、「グラウンディング」は。

 

愛犬・華実とお散歩したり、またお花を植えたり、話しかけたり。

 

できるだけ身体を動かしたり。深呼吸したり。

 

私も自然の一部なので仲間に入れてください、という名乗りをあげた感じです。

 

私はヨガ歴14年目。

太極拳は確か5年目くらい。

 

ところがヨガと太極拳へのこだわりもなくなってしまいました。

 

ヨガはそもそもかなり「精神性」を求めるもの。

=ではありませんが、ほぼ宗教に近い意識がその柱となって構築されているものです。

 

太極拳もまた、その傾向がある、という事実がわかりました。

 

どちらも「宇宙との一体化」がテーマなので、とても気にいっているのですが、けれど、別にそれに固執する必要はないな。

 

やりたくなったらやればいいし、他のエクササイズがやりたければそれでいいし、という感覚です。

なぜならどんなエクササイズも宇宙のまっただなかで行われるものだから。

 

今のヨガの先生は行者さんレベルの方と親交があるようで、パワーヨガをやったことはないとのこと。

太極拳の先生も、他のエクササイズより太極拳が優れている、と思われている様子。

 

つまり、言葉をかえれば「ヨガ信奉」「太極拳信奉」の先生なのです。

 

なるほど、専門家というのはその道のスペシャリストではあるけど人生の指導者としてのスペシャリストではないのだな、と気づきました。

 

もちろんそれが悪いという意味ではありません。

 

いえ、実は誰もが自分の人生のスペシャリストなんだと気づくきっかけをいただきました。

 

私のようにその道を極めようという想いの少ない人間は、さまざまなものに手を出します。

その中で自分でその時の自分に合ったものを選択していきます。

 

その時の自分は変わるものなので、その時のベストはどんどん変わっていく。

 

視方によっては根なし草です。

視方によっては柔軟です。

視方によっては自由です。

 

視方によってはこらえ性がない。

視方によっては根性がない。

 

視方によってはいい加減。

 

すべてが私の側面です、良くも悪くも。

 

そんな私を丸ごと受け止めて包み込んでくれるのは、今のところ地球と自然が一番なのだろうな、と感じています。

 

だから「グラウンディング」。

 

歩くだけで地球は私たちをハグしてくれるんですよ、一歩一歩。そのすべての瞬間を。

 

こんなに素晴らしい人生の師はなかなか見つかりません。

しかも何も要求してきません。

そんな歩き方じゃダメでしょと注意することもありません。

 

いつも「あるがまま」「ありのまま」の私を全身で受け止めてくれる。

 

それが私の人生の理想です。

まず自分を認め、受け容れる。

そして他の人やモノを認め、受け容れる。

 

すべてを優しく包み込む。

すべてをあたたかく抱きしめる。

 

そうやっていけば地球全体のエネルギーが本当に丸くなっていく。

 

こんな気持ちにたどり着けたのも、「書く」ことによって自分の意識の書き換えを行わせてもらえたから。

 

一年間、当エッセイと向き合ってきて良かった。

自分の本心と向き合ってきて良かった。

 

以前なら、「これを読む人はどんな風に感じるのかしら」と人目を気にして文章を書いていたけれど、その気持ちはほぼなくなりつつあります。

もちろんゼロではありませんけど。

 

人目を気にせず自己表現をする、ということがどれだけ人間性の回復につながるのかを実証するチャンスとなりました。

 

私はそれを私の右手によって行うことができました。

それ以外のツールはパソコンだけ。

 

この右手と意識があって良かった。本当にそう思います。

 

当エッセイシリーズを書いている時には、何者かの関与が顕著になるため、執筆途中で何度も文章が消えたり、突然画面が変わったり、という現象が続きました。

 

その手の現象があらわれた時は「Yes !  その通り」というメッセージだということがわかりました。

 

当エッセイ執筆途中でも、画面が突然変わりました。

 

「Yes !」のおすみつきをいただいちゃいました。

 

お気づきかもしれませんが、私は宗教やスピリチュアルをいけないもの、正解ではないものとしてはとらえてはいません。

その要素の中で「これは !」と感じるものはなんでも人生に取り込ませてもらっています。

 

ただその融合体としての私の意識は完全オリジナル。

唯一無ニのユニークなものです。

 

これこそが私の知りたかった答えなのです。

 

誰もが一人一人「完全なる」ユニークな存在だという事実が。

 

誰かと同じでなければいけない。

誰かの亜流でなければいけない。

 

まったく「No !」ですよね。

 

すべての人が自分自身の人生をクリエイトしている。そう気づかなくても。

 

人間はものすごく独創的な生き物です、あなたも、私も。

その力をフル活用したい、この心身魂をもって。

 

 

 

 

 

 

※ 追記

 

当エッセイアップの時間は「10時10分」、そしてきょうは「10日」。

というわけで私のパソコンの下の方に「10」の数字が三つ並びました。

 

意味を調べてみたら「全宇宙」とか「統合」とか、「まさしく」の言葉ばかりが並んでいました。

 

本日「10日」は天国在住・愛猫・海・かいの月命日。

 

 

 

 

 

 

 

 

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