一年間の意識の書き換えを終えて 9

□ 自分への愛おしさMaxの朝がきた

朝めざめた時、「ああ、なんてきょうは素敵な日なんだろう」。

 

今までの人生のうち、何回かそんなことを感じることはありました。

 

朝めざめた時、ユーミンの歌にあるように優しさに包まれた気持ちがいっぱいになったことも何回かありました。

 

「ああ、幸せ」

「ああ、気持ちいい」

「ああ、ありがとう」

 

自然にそんな気持ちがあふれてくる。

 

今朝の気持ちは。

 

自分への愛おしさMax。

 

なんてかわいいんだろう。

なんて大切なんだろう。

なんてありがたいんだろう。

なんて嬉しいんだろう。

 

なんて愛おしいんだろう。

 

ここにいてくれてありがとう。

ここにいて大丈夫。

ここがあなたの居場所。

ここがあなたの命の場所。

 

あなたのことを一生守り続ける。

一生支える。

一生受け止める。

 

何があっても。

 

あなたの命を丸ごと受け止めるから。

 

もうわかったから。と言いたくなるほど次から次にあふれ出る想い。

 

本当はこれを感じたかった、この想いを母と共有したかった。

けれどできなかった。

 

だから今、感じることができた。

 

そっか、これが私の人生のシナリオだったのね。

 

自分の力で自分への愛を獲得することが。

 

そのために遠回りが必要だった。

はじめから愛を全身で感じたら、この人生のストーリーはまったく生まれなかった。

 

私の愛着障害は欠点ではなく、私の個性だった。

 

私になくてはならない宝物だった。

 

私はこの経験をするために私として生まれてきた。

 

ふぅ。

 

時間はかかりましたがちゃんとたどり着けました。

 

自分がこんなにも愛おしい存在だと心の奥底からそんな気持ちがわいてきてくれました。

 

私はずっと思っていました。

 

愛着障害という心の傾向、気質は誰の中にもあるものだと。

 

それに気づく人、気づかない人。

 

それが膨れ上がって生きづらさを感じてしまう人、そうでない人の違いはあっても。

 

私たち日本人は「障害」という言葉が付くと、それを「マイナスの要素」ととらえる心の傾向が強いけれど、それはおそらく心理学でいう「認知の歪み」なのではないか、と。

 

簡単にいうと「ものさしのずれ」。

 

みんな同じでなければいけない。

みんな標準でなければいけない。

みんな普通でなければいけない。

 

私は小さい時から自分は人とは少し感じ方が違う、ということに気づいていました。

まず小学校でそれを「矯正」されました。

みんなと同じように感じなさいと。

 

その通り、私は「標準形を求める良い子」を目指し、その実「良い子」を装い、自分にウソをつき通して生きてきました。

あまりにも長い間ウソをついていると、それが本当の自分であるかのように錯覚して、「良い子」でない自分が出てくるのを自分自身で制御するようになります。

 

そのうち、自分のハートの真ん中が何を感じているのかさえわからなくなるのです。

 

本当は哀しくても笑顔を浮かべている。

本当は泣きたくても「大丈夫」と強がっている。

本当は怒っているのに「ごめんね」とあやまっている。

 

それでも私はそこそこバランスの取れた風を装うことができる。

ある意味それは特技なのかもしれないけれど。

 

そんな自分に気づいたのが「二年前」。

自分にウソをつき続けるのは「愛着障害」によるものだ、と気づいた時、心底ホッとしました。

 

ああ、これだったんだ、私の本質は。

 

その後、様々なパーソナリティ障害の可能性が浮かんできます。

 

正確な定義は置いといて。

 

おそらく私は強迫性パーソナリティ障害の傾向がある、依存性パーソナリティ障害の傾向がある。

 

またパーソナリティ障害とは少し異なるところで、私は広場恐怖症でもあり閉所恐怖症でもある。

もしかしたらコミュニケーション障害の可能性も。

また醜形恐怖症の可能性も。

ADHD、あるいは多動性障害の可能性も。

 

一瞬、真っ青になった。

「こんなに ?」

 

その一つ一つにむきあっているうちに意識の反転が起きます。

 

これって誰にでも備わっている個性のマイナス面を強調して「障害」とか「恐怖症」とかつけただけなんじゃないの ?

 

だとすると、誰もが「〇〇障害」「〇〇恐怖症」で苦しんでいる。

場合によってはそれを「治すべきもの」として投薬治療を続けているかもしれない。

自分は人より劣る存在だと思っているかもしれない。

 

個性だとしたら ?

人のものさしとは異なるという意味での「個性」。

 

個性ならまず自分でその個性を受け容れてあげればいい。

受け容れたうえで、もし調整が必要なら、少しずつ自分で調整を試みればいい。

 

治療ではなく、その個性の良いところも、「一見」問題なところも全部ひっくるめて受け止められるように。

 

もちろんその過程で精神医療の専門家の力を借りることが必要な場合は、適正な方法で。

 

それをもし私がセルフで実践できたら、実証できたら。

 

そしてその日がきょうやってきてくれました。

 

みんな違ってあたりまえ。

みんな違っていい。

みんな違わなきゃ、その命の意味がぼやけてしまう。

 

違うからこそ私たちは自分が何なのかを学ぶことができるのだから。

 

みんな同じでみんな一緒だったら、私たちには学びも気づきも訪れない。

 

そこに発生するのは「停滞」。

 

「停滞」が人生の目的なら「生と死の循環」なんてものはまったく意味をなさなくなるし、そもそも「死なない」はず。

 

ずっとそのまま生き続ける。

歳も取らず。

 

「不老不死」

 

そんなものは肉体を持つ私たちにはあり得ない話。

 

仮に修行をして「不老不死」を手に入れて私たちは本当に幸せになれるのか。

 

老いも死もすべて人生の喜びの要素なのではないか。

 

こう考え出すとエンドレスになるのが私の得意技の一つでもあったりするんですが。

 

そんな面倒くさい自分の性格が愛おしくて仕方ありません。

こんなにも遠回りや道草を欲する自分の命が愛おしくて仕方ありません。

 

私は気が短くて、即断即決なところもあるのに、こんなに遠回りをしている。しかも回り道。

 

そのすべてが私の命に宿っている個性なのです。

 

自分への愛おしさ。

自分自身への愛。

 

私の人生はこれを追い続けてまだまだ続くのです。

 

その第一歩が今朝の「自分への愛おしさMax」な自分。

 

できましたよ、私でも。

ということは誰にでもできるということ。

誰にでもその力は備わっているということです。

 

誰かが特別、なのではなく、みんな特別、みんな普通。

 

だけどその光の視え方はみんな違う。

 

違うのがあたりまえ。

 

「愛着障害」から生まれる人格障害を「パーソナリティー障害」と呼ぶそうです。

 

「障害」とつく心の特性、特徴。

 

私たちの人生の大切な彩りの一つです。

 

「障害」という言葉に何かのひっかかりを感じる場合は、もしかしたら自分の個性である何らかの「パーソナリティー障害」をいけないもの、みたくないものとして自分の心の中に抑圧しているからなのかもしれません。

 

自分に備わっている資質は何一ついらないものはありません。すべて必要なものばかり。

 

私もいろいろな引っ掛かりのある人格です、性格です。これからも右往左往を楽しむのです、きっと私は。

何より「まっすぐ」が大好きなはずなのに。

 

けれど自分の命を丸ごと受け止める覚悟はできました。

 

自分さえ受け止められれば、他の人のことを受け止められるようになるのは時間の問題です。

 

なぜなら人は自分の鏡だから。

 

自分が愛おしくて自分が大切な人は、人も愛おしくて人がものすごく大切なことを感じることができるようになります。

 

自分への愛を他の人にも同じように感じることができるようになるのです。

 

それが私たちの心の仕組みです。

 

頭で考えていても何も始まらない。

 

私は「治療家」とは異なる視点で、人々の心に寄り添えるような自分を生きていきます。

 

無理なく、無理せず、自分のペースで、自分なりのやり方で。

 

カタにはまって安心できる自分も本当の自分。

ユニークな創造性をフル活用する自分も本当の自分。

 

自分丸ごと愛、ですね。

 

他の誰でもない「自分自身」を生きるため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ 追記

 

きのう、私は自分で自分の心の安全基地を作ることができました、とお知らせしました。

誰でもできるんですよ、と。

 

きのうのエッセイ、読み返すとものすごいエネルギーです。

読み返しただけでヒーリングが起きます。

 

何者かの、多分「愛」のエネルギーが注入されているのかもしれません。

 

今、ここまで書いたら、一瞬、右の耳に激痛が。

 

これも祝福なんです、彼ら流の。

 

調べてみたら、右耳の激痛には「幼少期から抱えている否定的な思い込みの手放し」の意味があるそうです。

 

私は良い子にしていないと愛されない。

愛に値しない人間だ、が私の潜在意識にあったようす。

 

その思い込みの手放し。

 

感無量です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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