どうやら「健康オタク」卒業の時

私は健康オタクです、かれこれ15年くらいたつでしょうか。

 

そもそものキッカケは母の突然死と父の薬害とも言える症状。父もまた突然死でしたが、両親共に最期のその瞬間の病院の処置には大きな疑問を感じています。

 

そのため、病院というものに根本的に不信感があります。同時に現代医療のあり方にも疑問を抱いていました。

今は大分緩和していますが。

 

元々これといった大きな病気にはかかったことがないものの、小さい頃からよく熱を出したり、貧血を起こしたり、大人でいうところの不定愁訴のようなものを感じることは多くそれなりに病院にお世話になった方です。また大人になってからは市販薬のお世話になりっぱなし。自律神経のバランスが悪く決して丈夫な方ではありませんでした。

 

愛猫のぴぴ麿がおそらくワクチン接種が原因だろう「猫伝染性腹膜炎」という病気で、月齢5か月になったその日に天国に還ったことが私を健康オタクへと導く決定打になりました。また、ぴぴ麿の旅立ちのストレスからか私自身が子宮がんを疑われるほどの「子宮腺筋症」という病気にかかり、しかも重篤な状態に。

 

この時の病院、医師の対応に頭がきて不信感Maxになり、それが私自身の完全なる健康オタクのスタートになりました。

 

4人の医師から子宮と卵巣の全摘以外に治療法はないと言われたもののその言葉に納得できず、病院をかえ、結果漢方薬と食事の改善で克服させてもらいました。克服の報告をした時いずれもの医師が「あの状態で治るはずはない」と言いましたが治ったのです、ものの見事に。

 

「私のやり方で平気なんだ」

 

妙な自信が身について、以来、健康オタク街道まっしぐらの生活が続きました。その後、愛猫・海・かいが一歳半にして「肥大型心筋症」の症状を突然発現化させた時も私の健康オタク気質が役にたちました。もちろん治癒に向かったのは海・かい自身の自然治癒力によるもの。けれどそのお手伝いをした私の「情熱 !」は相当なものでした。海・かいと私のエネルギーが共鳴・共振し合ったおかげなのでしょう。海・かいはこれまた獣医師に「あり得ない」と言われた「心臓病克服」を成し遂げてくれたのです。

 

その後も私は家族の健康維持のために最新の情報をチェックしまくっていました。

 

ところが4年くらい前のことでしょうか。健康オタクモードが少し緩み始めたのです。必死に健康になろうとしなくてもなんとかなるんじゃないかなという気持ちが自然にわいてきたからです。

 

それでもソコソコの健康オタククチックは残っていました。

 

その気持ちが根本的にひっくり返ったのは今年の4月のこと。以前仲の良かった友人が若くして突然死で旅立ったとの事実を知った時です。

 

その彼女はマニアックなほどの健康オタクでした。その彼女が突然死、です。

 

自分の中の柱が音を建てて崩れていく感覚を味わいました。

 

結局、運命なんじゃない、と。

 

いくら健康に気を遣っても寿命がくればなくなるのです。

 

おそらく、ですがその彼女はオープンにはしていませんでしたが晩年、何らかの体調不良、もっと言えば深刻な病気を抱えていたのだろうと感じました。まったく個人的な推察ですけど。「良い」「悪い」ではなく事実としてそうだったのだろう、と。ふと思い出したのは彼女は白髪が多かったのです。白髪は不安やストレスのあらわれです。多分彼女は自分の健康状態に強い不安を抱いていたんではないでしょうか。

 

そんな彼女の旅立ちを私なりに統合、昇華した結果、「健康にこだわり過ぎることは、ストレスから活性酸素を増やし同時に免疫力を下げて結果その裏の意識である病気を引き寄せてしまうことになるのかもしれない」という意識にたどり着きました。

 

先ほど、ひょんなことからたどり着いたYouTubeでまったく同じことを話している人がいて、なるほど、答え合わせをしてもらったのね、と感じたばかりです。顕在意識で「健康になりたい」と強く願いすぎると潜在意識は、「自分は健康ではない」という意識を膨らませてしまい、それが現実になってしまう場合が少なくないという考え方です。

 

そういえば数日前、私は『大地を守る会』という会社の食材、食品の宅配サービスを卒業しました、とお知らせしていたことを思い出しました。有機、減農薬の食材を自分自身の意思で卒業したタイミングだったのですね。

 

さらにここ2週間ほどで二冊の健康関連の本を買いました。

 

一冊は東洋医学系、もう一冊はアーユル・ヴェーダ系。

 

以前の私だったらむさぼるように読み、同時に何かしらのケア方法をすぐに実践したはずなのですが、まったく心に響かない。なるほどねとは感じるんです、けれどシンパシーがわかない。

 

「エッ~、なんで。楽しみにしていた本なのに」

 

けれどそういうことだったんです。つまり私はもう健康情報をむさぼる必要はなくなったんだ、と。

 

今の私は心に向き合うことの方が断然楽しくて、健康に関しては適度なエクササイズと身体を冷やさない生活、食生活も含めて、それだけで十分だなと感じているみたいです。逆に言うと、健康に関する大きな不安がなくなったのですね、きっと。

 

「なるようになる」

 

ただそれだけ。

 

もちろん今後どうなるかなんてわからない。また健康オタク熱再燃の時がくるかもしれません。

 

でも「今」は一旦「健康オタク」卒業の感覚を満喫したいな、と感じています。

 

健康に関しては、それこそ専門家の方以上に勉強したこともあるくらい。やりだすとトコトンやらないと気がすまない方なので。

 

健康に費やしたお金や時間は実はかなりのモノ。

 

卒業。心の底から嬉しいです。

 

自分の生活の柱がよりシンプルになるということだから。

 

ご安心ください。「健康オタク」を卒業しても健康そのものについてまったく興味がなくなるわけではありません。また、「健康オタク」の方からのご相談に応じられるくらいの知識は身についているはずですから。

 

考えてみればずぅっと健康と病気は私の人生の課題でした。救急車に乗ったのは今まで三回。一回は意識不明で集中治療室に運ばれた時。

 

そんな私でも「健康オタク」卒業の喜こびを味わえるんですね。

 

心を整える。

 

私の場合はそれが最高の予防医学につながっているみたいです。

 

自律神経失調症。今でもその傾向は残っています。それでもこう感じることができた。

 

十分とは言えないまでも今のこの心の余裕は自分の弱さを徹底的に受け容れたからこそのご褒美なのかもしれません。

 

健康は万人に共通する願い。だからこそさまざまな捉え方があることは承知しています。私の考え方がすべて、という意味ではなく同じように感じる方のために、思い切ってこのお話をお伝えしようと思いました。

 

私の場合、4月に旅立った友人のデスメッセージが今、こうやって形になって私に確信を与えてくれたような気がするのです。タイムラグがあったのは、私の気持ちの整理に思った以上に時間がかかったということなのでしょう。

 

今確認したら友人が亡くなったのは15日。

 

当エッセイ、実は2018/10/15に書いていたのですが、なぜかアップができなくて翌日16日のアップになっています。

 

執筆を始めた時点で彼女のサポートが入っていたのですね。

 

ありがとう。今も支えてくれていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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