「苦手」を一つ克服できました

あなたには「苦手」なモノってありますか。

 

私にはたくさんあります。元々好き嫌いが激しい方なので「大好き」もあれば「大の苦手」もあります。最近、この傾向は緩和されてきてはいるんですけれどね。

 

さて、本日「苦手」を一つ克服できました。それは13年間お世話になったヨガの先生。

 

先生には13年間もお世話になったけれど、その後半から何かが違うと感じ始め、去年の今頃だったでしょうか、先生のレッスン「卒業」を決めました。

 

いざ卒業してみると、どうやら私が教わっていたのは「なぁんちゃってヨガ」だったらしいことに気づき愕然としました。

 

もちろん「卒業」のお蔭で新しい先生に出逢えたし、新たなエクササイズとしてピラティスを始めることもできたのでそのヨガの先生の功績は功績としてありがたいな、と感じてはいたんです。実際ヨガのお蔭もあって体質はかなり変わりましたし。

 

ただ、一つ引っ掛かっていたのはレッスンのたんびに身体のかたい私はポーズを直され、それが結果私自身の自己否定につながってしまっていた事実はやはり釈然としませんでした。

 

そもそもヨガってそういうものじゃないでしょ、みたいな気持ちです。

 

自己の解放が目的だったのに、毎回「あなたはダメね」と自分で自分にダメ出しをしているようで、その指導の仕方には「相当」疑問がわいていました。

 

ですので卒業する時も特にご挨拶もせず。

 

多分そのことが一番自分の中での罪悪感になっていたような気がします。それがさまざまな苦手意識へと膨らんでいったのでしょう。

 

スポーツ・クラブに行けば先生に遭遇することもあるわけで、そんな理由からできるだけ先生のレッスンと重ならないようなレッスンを選んで参加していました。

 

本日、水曜日は「ピラティス」のレッスンの日。これは先生の「ヨガ・レッスン」と完全バッテイングでの開催です。そんなこともあってなかなか受講できなかったレッスンなのですが、思い切って参加してみたらことの他私には合っているようで、ただし毎回できるだけ先生と顔を合わせたくないなと子供みたいな感情を抱いてピラティス・レッスンへの行き来をしていました。

 

きょうのレッスンの後、ふとスタジオをのぞき込んだらヨガの先生がいらして、ちょうど目が合ったので、ニコニコしてご挨拶しちゃいました。自然にできてしまったんです。

 

そしたら先生も笑顔で返してくれて。

 

たったそれだけのことなのに、子供みたいに仲直り気分。

 

ケンカしていたわけではなくても、わだかまりがあった時点で私は先生に執着していたということですよね。

 

それがたった一度の「笑顔」ですうっとなくなってしまうなんて、こんなことならもっと早くに勇気を出してご挨拶しておくべきだった。

 

でも、私には一年間の時間が必要だったんです、きっと。

 

実はそのヨガの先生は「修行」系、「苦行」系なんです。

 

「頑張らなくてはいけない」

「進歩しなくてはいけない」

 

という超頑張り屋さん。だから私にも一生懸命指導してくれたんです。

 

私は顕在意識では「マイペースが好きなのでほおっておいてください」と感じていたのですが、潜在意識では「私にはがんばりが足りないの。もっともっと頑張らないといけないの」と修行モードを選択していたんです。

 

そうなんです。前エッセイで宗教家や修行僧などの集合意識と「修行」「苦行」の概念にヒーリングのエネルギーを送ったとお話したばかり。

 

そのお蔭なんです、多分、先生に自然に笑顔でのご挨拶ができたのは。

 

逆にいうと「修行」「苦行」モード、完全に卒業のサインを先生がくれたということなんでしょうね。

 

そっか、先生とは「修行」仲間だったんだ。

 

それが必要なくなった。

 

いよいよ、「軽い」「いこごちの良さ」の探究にシフトしてくれたみたいです、私の真ん中が。

 

「苦手」や「嫌い」は本当は「大好き」の裏返し。

 

先生のこと、好きだったからこそいろいろ言われて、先生の期待に応えられない自分がいやだったんでしょう。その想いを先生に投影しちゃったんだわ、とはじめてさっき自分自身の気持ちとの「和解」が成立しました。

 

ちょっとしたことだけれど、「苦手」が一つ減って気分は爽快。

 

まだまだ私の中に残っている「苦手」、案外「簡単」に解放できるかもしれません。コツがわかってしまったから。

 

いつまでも「ギュッ」と握りしめていなくていいんですね、「大好き」の裏のエネルギーの「苦手」ちゃんを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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