歩く瞑想

歩く瞑想。

 

ふとしたことからたどり着いた瞑想法です。5年くらい前だったかに、一度たどり着いたことがあるのですが、その時はその方法論が難しくて断念。再びたどり着いたということは、私には必要なものなのかもしれません。

 

歩くことと瞑想が同時に行える。私にとっては嬉しい組み合わせです。

 

ただし、実践法を読み返してみて再び断念。難しすぎるというか、現実的でないというか、どうも今一つしっくりきません。

 

私は愛犬・華実とのお散歩時間にこれが実践できたらいいな、と思いました。まぁ、むずかしい。華実と一緒だとやはり「無」になるのは難しいのかもしれません。

 

ところが冷静に考えてみると、華実の場合、いつも歩く瞑想をしているわけです。それなら華実の様子を見習えば何とかなるのではないかと感じました。

 

ここ数か月、私は自分の「ウォーキング」を優先させるために、時間は大体一時間、歩く速度はそこそこ速くを繰り返してきました。歩く瞑想の場合、普段の半分のスピードで歩かなくてはなりません。

 

現実的にそれは無理。そこで少しだけゆっくり目に歩きながら意識がバラバラにならないようにあるマントラのような言葉を繰り返しつぶやく、というスタイルをとってみました。

 

その結果、100%の「無」ではありませんが、少なくとも今までのウォーキングよりは、周りの景色との一体化が進むことがわかりました。

 

歩く瞑想というより、瞑想状態の中に歩きという行為を取れ入れる感覚です。これだとほぼ華実と同じ状態。なるほど、華実はいつもこんな感覚で自然の一部としての自分を体感しているのだな、ということがわかりました。

 

歩く瞑想を意識し始めてから、華実のお散歩速度がメチャクチャ遅くなっています。今までなら、私の行くところ、行くペース、なんでもその通りにしてくれていた華実が、ゆっくりゆっくり草の匂いを嗅ぎたしたのです。はじめは「なんで前に進んでくれないの ?」とイライラすることもありましたが、そこに華実の明確な意図を感じました。

 

「ママ、急ぎすぎだよ。どうしていつもそんなにセカセカしているの ? それじゃ、せっかくの自然の精霊たちとお話ができないじゃない。運動の手段として歩くのと、自然との一体化とどちらを優先するの ? 自然との語らいが目的なら、僕がお手本を見せてあげるよ。まず自分につながる。次に自然につながる。たったこれだけなんだ、ママが望んでいるものの正体は。たとえそれが今までのペースとは違うものだとしても、自分のハートはウソをつかない。そのハートの声に従うと、どうしたって時間はかかる。でもその毎瞬毎瞬が瞑想なのだとしたら、そんなに急ぐ必要はないということがわかるよね。すべての瞬間が自分との語らいであり、自然との語らいなんだから。そういう時間、そろそろママもしっかり感じたいんじゃないの ? だったら今までのペースは忘れて、今のペースで歩こうよ。せっかくのお散歩なんだからさ、僕とママが一緒にそのとっておきの空間を共有できるように」

 

華実先生、13歳。確かにおっしゃる通りかもしれませんね。見た目はまだまだ若犬ちゃんと同じだけれど、しっかり心は成長してくれている。というか、やっと私が華実に追いついた、ということなのかしら。

 

動物君の可能性は無限大。その潜在能力を存分に引き出せるパートナーになるためには、まだまだ私自身気づきも変容も必要なのかもしれません。こうやって、本当は私たち人間が彼らに導いてもらっているのでしょう。

 

そんな素振りはこれっぼっちも見せないところが彼らのハートの大きさを物語っていますね。

 

「どうだい ?  僕はすごいだろ」なんて少しも感じさせないところが。

 

さて、歩く瞑想の効果はどんな風にあらわれるのか、それともすでにあらわれているとか ?

 

歩く瞑想にはいろいろなスタイルがあるようです。興味のある場合はご自身に合った方法をお試しになってみてはいかがでしょう。

 

究極の考え方を言ってしまえば、「地球さん、ありがとう」と地球に意識をフォーカスさせるだけでも瞑想状態に入れるはずです。地球もまたでっかい存在です。

 

一番ちっぽけなのが、私たち人間。だからこそ愛おしかったりもするわけです、私たち一人一人が。

 

歩く瞑想を実践すると、いかに自分がちっぽけな存在であるかがわかり、同時にいかに大きな存在に包まれているかがわかります。もしかしたらそのうち他者との境がなくなり、自分もまたその大きな存在の一部であることの感覚がより強くなるかもしれません。

 

いずれにしても地に足をつけることのメリットははかりしれません。むずかしく考えないでとりあえずお散歩を楽しもうかな。

 

それでは今までとなんの変わりもないけれど、それもまた楽しいものです。

 

五感で地球と自分を感じる。

 

ものごとは「かまえ過ぎない」方がうまくいく場合もありますよね。

 

なんでも「自分流」が一番。「こうあるべき」はもういらないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ページTOPへ戻る