ミカエル大天使意識に愛のエネルギーを送ってみました

天使系のお話です。

 

天使と聴いただけで引く人がいるのを承知の上で。なぜなら私自身がそうだったので、それらの人の気持ちはわかるし、必要ないと感じるのもその人の自由なので、私はただ書くだけ、です。

 

私は天使は「ある」と感じています。「いる」ではなく。その天使に象徴される意識は私たちの中にもあると。つまり、「ミカエル大天使意識」、それ以外の天使意識もそれぞれ、誰の中にも息づいているもので、それが活性化している場合とそうでない場合とがあるとの解釈です。活性とそうでない場合の優劣はありません。ただ、そうなっているだけ。

 

霊能者の人などが、「ミカエル大天使はものすごいハンサムだ」と言っていることの真偽は私にはわかりません。なぜなら視たことがないから。そもそも天使が人の形をしているとか、大きな羽をつけているとか、それらもまったくわかりません。

 

私の感覚だと、光のボールのような存在だろうと。私が思えるのはそこまでです。私は天使や天使意識が特別だとは感じていません。動物、植物、鉱物、その他の精霊たちと同じ。もっというと、私たち人間と同じ。役割は違うけれど存在価値は等価だと。

 

なぜミカエル大天使意識に愛のエネルギーを送ろうと思ったのかというと、愛のエネルギーは相手の承諾を得なくてもよいヒーリングのエネルギーだからです。

 

大天使意識をヒーリングする、というのは、何かをただす、という意味ではなく、私自身の大天使観のゆがみを解し、調整に向けるそのステップなのだろうと感じています。

 

人は生まれたその日によって特定の「守護天使」がついている、との説があり、私は誕生日でみていくと「ミカエル大天使」がそれにあたるらしいのです。

 

私にとって「ミカエル大天使」または「大天使意識」は、一般的なそれとは大きく異なります。

 

「ミカエル大天使」は悪魔をやっつけた光の戦士のような意味合いで語られることが多いのですが、私にとっては「受容」と「許し」を教えてくれる存在。悪魔は外にいるのではなく、自分の内に潜む悪魔。その存在に気づいたら、きちんと悪魔と向き合い、悪魔を認め、受け容れ、そして悪魔が存在していた自分自身を許す。また「受容と許し」の機会を与えてくれた悪魔の存在そのものに敬意を払い、尊重する。その一連の流れをサポートしてくれるパートナー的意識だと感じるのです。

 

去年マカオに行ったとき、ホテルの窓から鮮やかなブルーの建物が見えて、なんだろうとそこまで歩いて行ったら、それは「ミカエル教会」でした。建物の中にはミカエル像があって、そのミカエル像は中性的な少年に近いような、青年の面持ちをしていました。

 

ここで乙女の面持ちと感じなかったのは、今までのミカエル大天使のイメージが私の中にあったからなのかもしれません。

 

いずれにしても猛々しい雰囲気はいっさいなく、穏やかで平和な、純粋なエネルギーを感じました。そして等身大のエネルギー。

 

その時に感じたのです、ミカエル大天使意識は少なくとも私の中では「完全受容」の存在なのだと。

 

マカオ旅行の旅のテーマは「融合・融和」でした。東西、新旧、あちらとこちら、男女、陰陽、さまざまな異なる二つのものの融合・融和のメッセージが私にそこかしこから伝わってきていました。

 

マカオでミカエル天使像と遭遇した瞬間、「あ、この旅はミカエル大天使に呼ばれたものだったんだな」と感じたので、「融合・融和」こそがミカエル大天使意識の象徴なのだと、そう思いました。

 

今でもその感覚は変わっていません。

 

いつも私たちをサポートしてくれてありがとう。

 

その想いを愛のエネルギーに託しました。

 

ミカエル大天使意識なのでしょうか、清らかなせせらぎのような、それでいて、力強いエネルギーがかえってきました。

 

残念ながら意識の中にメッセージは届きませんでした。それでいい。それで十分な気がしました。

 

ところが。

 

ミカエル大天使意識はきちんとプレゼントをくれたのです。

 

その後「33」のオンパレード。パソコンの画面上に、次から次に「33」の数字が並んでいます。

 

「33」は誕生数秘という考え方でいうと、私の誕生日の運命数ともいうべき数字です。

 

嬉しくなって「33」の数字の意味を調べたら、ものすごいことしか書かれていません。言葉にすると思い切りエゴが膨らむのでやめておきますが、こうして書いていること自体「エゴ」だよな、と。

 

そんな「エゴ」も含めて、私は私を生きるためにこの生を授かりました。

 

その生と共にあるよ、あなたの一部としてね、がミカエル大天使意識からのメッセージだったようです。これはすべての人に向けて、です。

 

そっか、「33」の数字の意味の中に女性性と男性性の融合の意味が含まれていました。

 

一年前マカオでまかれた種が今、花を咲かせたよ、のメッセージなのですね、きっと。

 

私は天使を信じようと信じまいとどちらでもいいと感じています。その天使に関するイメージも人それぞれなのだろうと。私のように意識として自分のうちにある、と感じているのも一つのとらえ方です。

 

天使にヒエラルキーがある、というのもどうなんだろう。お役目の違いという意味でしょうか。私が理想とする世界はすべての価値がフラット。あくまでも理想は、です。現実はなかなか。

 

そう。感じ方はそれぞれ。それぞれの想いを大切に、というメッセージが当エッセイの隠しテーマなのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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