今年は何かが違う

年末だというのに、今年は大掃除の焦りがありません。

 

今、これを執筆しているくらいですから。

 

毎年、この時期になると「掃除をしなければ」と気持ちが焦って大変でした。

 

去年は秋口から「断捨離」の大きな波がやってきて、半年くらい続いていたでしょうか。

 

「断捨離」マイブームは、ある日突然バタッと終わりを告げました。今はまったく「断捨離」の波は起こりません。「断捨離しないとエネルギーのよどみが起きて大変なことになる」。もしかしたらそんな強迫観念さえ抱いていたのかもしれません。すべて過去のこととなりました。

 

物は捨てたい時に捨てたいように捨てればいい。あちらから、「もう行くね、お役ごめんだから」と声をかけてくれるタイミングがくるような気がしています。「これをしなければ」と無理やり自分への制限は必要ないかな、と。

 

お掃除も同じです。一か月前、旅行に行くときにペットシッターさん対策 !  でそこそこ掃除をしました。ものすごく綺麗ではないけれど、まぁまぁのところは保てています。これからお掃除をするわけですが、まぁマイペース。

 

「やらなければいけない」は感じていません。

 

私はいつも年賀状は年内は無理で年明け、のんびり一枚ずつ手書きで書く方です。

 

写真付きポスト・カードを買ってきて。

 

今年は主人の父が亡くなったので、形の上で「喪中」です。「喪中はがき」は文面は印刷。宛名だけ手書きなので、これももうすでに終わっていて、「年賀状を出さなければ」というプレッシャーもありません。

 

正直なところ、この儀礼、儀式も本当は別にいいかな、と感じています。ただ「喪中はがき」を書いた時、自分の生き方のあらましがみえて、ちょっと得した気分になったのは本当です。ああ、私はこんな風に生きてきたんだ、こんな風に人間関係を築いてきたんだ、と。そこでもうとひりの自分を感じることができました。年賀状だとそんな気持ちの余裕もなく、ただ作業に追われる感じ。「喪中」だからこそ感じられた人生の流れだったのかもしれません。

 

その時間を主人の父がプレゼントしてくれました。

 

そのお蔭もあるのでしょうか、ここのところ、こころのゴミがこれでもか状態で浮かびあがってきてくれています。

 

こころのゴミは私自身の中で資産=リソースに代わってくれるものなので浮かんできても面倒ではないし、むしろごほうび感覚。

 

いいのかな、こんなにストレスが少なくて。

 

たくさんのゴミが資産化されたお蔭で、思いの他心に余裕ができてしまったようです。

 

へぇ~、私はこんなにも自分で自分を制限していたんだな、が正直な感想。

 

誰かに追い立てられているような気持ちになった時もあるけれど、その「犯人」はすべて「私自身」でした。

 

そのことがわかると、誰かに対して「むかつく」とかあるいは怒りとかうらみ、つらみ、みたいなものを感じることがいかにエネルギーの無駄遣いであるかにも気づくことができました。

 

だからと言って、これから絶対むかつかないとか、怒らないとか、そんなことは約束できるはずもありません。

 

ただ、その対処法もわかりつつあるので、そういう感情が出てきても、いやじゃないし、自分で自分の感情をもてあますこともなくなります。

 

「あ、出てきてくれたんだ」

 

そんな感覚です。

 

私たちは本当は動物と同じように、シンプルに生の営みを続けることができるように創られていたのかもしれません。

 

ほんの少しの意識と意思が、こんなにも人生を複雑なものに変えてしまったのかもしれません。

 

そうはいっても複雑だから楽しいところもあって、無理に超シンプルを目指す必要はないのかもしれませんね。

 

ゆったり、ゆるゆる。

 

今だけのこの瞬間を味わいながら。

 

さて、明日はどんな一日になるんでしょう。このペースはいつまで続けられるのでしょう。

 

自分のことなのに、まったく先が読めない。だからおもしろい。

 

心にゆとりが生まれるってこんなにも気持ちいいことだったんだ。

こんなにも安心に包まれることだったんだ。

 

良い意味での嵐の前の静けさを思いっきり楽しみます。そのあとでくるビッグ・ウェイブに備えて。

 

このところのこころの最大のゴミは、人類の集合意識「魔女狩りの記憶」の統合です。私たちは知らないうちに、この「魔女狩り時代」のエネルギーに巻き込まれています。特にスピリチュアルが好きな場合は。魔女の記憶なのか、魔女を迫害した側での記憶なのか。

 

ちなみに男性でも、魔女とされた人たちがたくさんいたそうです。女性に限った集合意識ではない、ということですね。

 

私は自分なりにスピリチュアルは卒業させてもらったのですが、時代のエネルギーなのでその縛りは想像以上に強かったようです。

 

ハートに何かが響く場合は、ご自分流の統合をされるといいかもしれません。

 

時代のエネルギーです、古い時代。これが統合できると、時代は変わるかもしれませんよ。あなたの内側の時代の入れ替えです。

 

なぜ、人は他者を排除することにこんなにもエネルギーを注いできたのでしょうか。

 

他者が好きだから。好きで好きで仕方ないから。ではないでしょうか。

 

その気持ちを+で表現すれば、新たなエネルギーが生まれます。

 

愛、のエネルギーです。愛のエネルギーに満ち溢れた状態が私たちの本当のデフォルト。

 

そのことを思い出させるための「魔女狩り」だったのではないでしょうか。

 

集合意識は集合想念とも言われるもの。

 

私たちが感じた意識の結晶化が脈々と受け継がれたもの。

 

この意識の統合、「排除」ではなく「受容」を行うと、これらの結晶化がとけて本来のエネルギーに戻るようです。

 

すると私たちの意識の垣根が取り払われ、大きな一つへと融合されていきます。

 

そこに大きな「癒し」が起こります。

 

「癒し」は特別はことではなく、私たちの中に自然に平等に備わっている叡智。

 

活用すればするほどその力が強くなります。優しくなれます。心の制限が緩みます。

 

すると本当の、本来の自分に近づき、またまた自分が好きになります。人が好きになります。

 

他者と自分の境がなくなります。

 

優しい風に包まれ、愛との同一化が進みます。

 

愛そのものになります。

 

 

 

 

 

 

 

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