今年最初の贈り物

新たな一年。

 

元旦の朝、最初に届いたのは「マザー」の言葉。

 

マザー・アース、マザー・ガイヤ、あるいはあなた自身が創造の母になりなさい、という意味なのでしょうか。

 

前エッセイ「自然治癒力」へのアンサー・メッセージともいうべき「マザー」。

 

今年はこのことを解き明かし、説き明かすことが課題だよ、という意味のようです。

 

ただいま、2019/01/13 18時。

 

元旦に執筆しようとしたものを今、書いています。

 

年末年始、珍しく風邪をひきました。

 

私は体調を整えるためによく熱が出るのですが、風邪の症状はあまり出ません。今回、風邪になったのは物理的には主人が忘年会続きでどこからか何かをもらってきたらしいということ。精神的には「風邪の効用」という記事を書くように何日も前から指令がきていたため、本当に自分でひいてよりリアルなエッセイを、と感じたからのようです。

 

この部分は潜在意識ですね。そういえば「風邪の効用」をお伝えすることを命じられていたな、と。

 

症状がいったりきたりして、きょうが一番ひどいので、「グラウンディング」のために当エッセイを執筆しています。

 

そう、地に足つけるため、執筆という作業を行う。ですので文章にキレが出ません。微熱状態。

 

それでも書くことによって、元旦の「マザー」の言葉との同一化が進むような気がします。おそらく当エッセイを書くことで風邪の症状はほぼ良くなることでしょう。

 

さて。

 

元旦、二日と「ウン」をつけてくれたのが愛犬・華実です。

 

元旦は、トイレの横にうんこをしました。トイレの下にマットをしいていてその模様とうんこが同一化していたため、目の悪い私はうんこだと識別できずに見事に「ウン」をつけてもらっちゃいました。

 

元旦そうそう。さすが華実はやることが違う。

 

と思っていたら、二日目、異なる場所にうんこの落とし物。またも目の悪い私はそれを足につけてもらうチャンスをいただいたのです。

 

「う~ん、華実君、運をつけてくれてありがとう」

 

お正月でおめでたい気分だったので不快感ゼロ。

 

その時に「足元注意」というメッセージが届きました。

 

私の色眼鏡はそれをこんな風に解釈しました。

 

「すべてのものは自分の足元につまっている」と。

 

マザー・アースとのつながりこそが自分の命の宝探しになるのだと。

 

私たちはどうしても宝の山を求めて「外へ外へ」、あるいは「上へ上へ」と意識が向きがちです。自分の足元を見つめることでこそ、真の宝との瞑想が進み、同一化がもたらされるのかもしれません。

 

とすると、華実の役割はものすごく大きい。

 

一見「汚い」うんこを私の足元に落とすことで、私の意識の向き方を試してくれたのではないでしょうか。

 

犬、という視点で視れば「躾のできていないユルダメわんこ」ということになるかもしれません。魂の友という視点で視れば「一見汚れ役になってくれて、その実光を明確にあらわしてくれた素晴らしきパートナー」ということになるのかもしれませんよね。

 

私はだんだん後者の解き明かしが得意になってきているようなので、あなたのペット君のメッセージも私なりに光に転じるチャンスとして差し出すことができるようになりつつあります。その部分をもっと膨らませて、がたった今届いたメッセージ。

 

こういうモノの視方、もしかしたら「創造の母」に相応しい視方かしら。

 

やっぱり書くと気持ちが楽、身体が楽になります。

 

私は書くことによって自然治癒力を引き出すスイッチを入れさせてもらえるみたいです。

 

自分の一番得意なこと。あなたも仲良くなさってください。私たちちそれぞれに与えられた「才能」というべき力。それこそが私たちの命の光を生涯支えてくれているもうひとりの私なのかもしれませんから。

 

「書く」「描く」。誰にでもできることの一つです。

 

うまく書こうとか、綺麗な表現をしようとか、そういうことは気にしないで、ただ書いてみる。描いてみる。

 

もちろんそれが音楽だったり、ダンスだったり、お料理だったり、自分を表現できるものだったらなんでもいいのではないでしょうか。

 

きちんと自分を表現する。放射する。ただ在る自分を。

 

当エッセイを読んでくださっているあなたとの共通の課題であり、歓びかもしれませんね。

 

流れてきました。身体の中にサラサラっと清冽な何かが。

 

今年もまた生きていく、私自身のすべての力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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