ひかりのしずく・シリーズ、本当にひかりになっています

「ひかりのしずく」

 

当エッセイのシリーズタイトルです。

 

現在「ひかりのしずく5」に入っています。コンテンツ数は400をこえています。

 

新たなコンテンツを執筆しようと過去記事を確認してみたら、ものすごいひかりのエネルギーを感じました。

 

タイトルだけです、確認していたのは。

 

それなのに私自身に「ヒーリング」のようにひかりが届いたのです。

 

「ひかりのしずく」

 

私がつけたのではないみたい。

 

誰かにつけさせられました。

 

なるほど。

 

私たちは自分の意思・意志で何かを選んでいる気になっていますが、実は何かに選ばされているのかもしれませんね。

 

今はこれが必要だよ、って。

 

当シリーズは、以前もお話しました、どなたかに読んでいただくというよりただ書いている、自分のハートを表現している、というニュアンスが強いんです。

 

いつもなら、この表現は伝わりにくいかも、とか、ここまで書いていいのかしら、とマインドでのチェックが入ることが多いんですが、当シリーズの場合、「ちょっと書きすぎたな」ということこそ執筆すると、あとから必ずと言っていいほどご褒美がきます。

 

具体的には、何かの手放しとそれによる変容。

 

書くという行為に対して癒しのプレゼントが届くのです。

 

今までも「書く」「描く」ことの意味、大切さは感じていたのですが、どうやら、「書く」「描く」ことはあちらからの業務命令に近いみたい。

 

言いづらい内容、もしかしたら反感を感じる人がいるかもしれない内容ほど、あちらの世界では大切だとされているみたいです。

 

今も執筆しているだけでヒーリングの状態に入っています。

 

「ひかりのしずく」

 

やめられなくなりました。

 

書かなければいけないという想いもなく、ただ書きたい、書くと楽しい、それだけ。

 

「ひかり」も「しずく」もひらがなであることにも意味があるのでしょうか。

 

こういうつながりがあるんだ。

 

私たち人間は共に「相互依存」の関係にあります。

 

「共依存」との違いは、自立したもの同士かそうでないか、の違い。

 

「相互依存」は言葉をかえると「協調」に近いかもしれませんね、共に相手を尊重し、自分の得意分野で相手を支え合い、共に成長していくというイメージです。

 

もしかしたらこの「ひかりのしずく」シリーズ、相互依存のお相手は、あちらの世界の「ひかりの存在」 ?

 

楽しい世界に突入 !

 

私だけではないですよね、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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