痛みのお蔭で自己統合が進みました

私には心の傷が多い。

 

ほとんどの人がそう思っていないけれど。

 

なぜなら私のハートは感度良好過ぎて、感じなくてもいいものまで拾ってしまうから。

 

そのことは私の長所でもあり、欠点でもあり。

 

ふと、長所だ、と感じたのがつい今しがた。

 

私のハートは敏感です。人の痛みをキャッチします。もちろん歓びも。人の喜怒哀楽を自分のことのように感じてしまうのです。

 

たいていの人はハートの奥の奥の方に哀しみや痛みを抑圧していますから、それを感じとる、瞬時に。

 

最近はその傾向は薄れてきたけれど。

 

その理由は自己統合が進んだから。正しくは自己統合を続けて来たから。

 

あのままの私だったら、私はボロボロになって朽ち果ててしまったかもしれません。

 

その自己統合のキッカケは、私自身の中にたまっていたたくさんの痛みです。

 

こころが痛いよ、と泣く。それを感じる。こころが頭にきたよ、と怒る。それを感じる。こころが淋しいよ、と泣き叫ぶ。それを感じる。こころが恨む、憎む、アイツをつぶしてやりたいとやり場のない怒りをぶつけてくる。それを感じる。

 

だいたい二年間、そんなことの繰り返しでした。

 

今、やっと本来の自分が視えてきて、やっと少し安心材料が視えてきて。

 

だからわかったのですね、きっと。

 

ここに至るのに必要なこころの痛みをたくさんの人が与えてくれたんだな、と。

 

私のハートは強くなるために傷が必要だったのです。

 

その傷を感じて元に戻そうとする。そこにこころの自然治癒力の存在がありました。

 

傷を治そうとするから自然治癒力が働くのであって、傷がなければ自然治癒力はその力を存分に発揮できません。

 

元に戻ろうとする力。ホメオスタシスの原理です。

 

私のハートは繊細だった。

 

だからこそ傷が必要だった。

 

その傷をたくさんの人が与えてくれた。

 

私のハートを強くするために。

 

やっと「相互依存」の意味がわかりました、「共依存」とは異なる真の意味でのパワフルな力。

 

私たちは時に誰かに痛みを感じさせてしまいます、たいていの場合、無意識のうちに。

 

それは相手の人のハートの力を引き出すためだったのです。

 

大丈夫、私たちは存在しているだけで誰かの役に立っています。そう創られています。

 

無理やり「役に立たなければ」と思う必要はないんですね、あなたも、私も。

 

大切な命、ひとつひとつすべて、大切な光です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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