おかえり !「自己」ちゃん

崇拝。

 

この言葉が何度も浮かびあがってきていました。

 

あがめたてまつる、という意味 ? 

 

少し調べてみたら、崇拝にはこんな意味あいが含まれているらしいことがわかりました。

 

「宗教において、神聖なる存在に自己の全的依存の告白をすること」

 

私は宗教に疎く、そんな私なりの解釈として、「自己の全的依存」という言葉がポイントなのかな、と。

 

自己に関しては、さまざまな捉え方があるようで、そこに触れるのは今の私にはちょっと無理です。

 

が、これもまた少し調べてみたら、こんな内容が見つかりました。

 

『自己に対して特別な定義を与えているのが、ユングである。ユングは自我が意識の中心であるのに対して、自己は意識も無意識も含めた心全体の中心であると考えた』

 

   ◇ 出典 世界大百科事典 株式会社平凡社 第2版

 

宗教の「自己の全的依存」がどの自己を示しているのか、私にはわかりません。深層心理学者であるユングの理論に関しては、なんとなくわかるのです。

 

私はもしかしたら「自己」を誰かに、あるいはどこかに依存させていたのではないかと。とすると、心全体の中心である「自己」が私の中にいなかった ?

 

ストンと腑に落ちました。

 

まったく個人的な感覚として、私は心全体の「真ん中」を見失って生きてきた。どうやらその「真ん中」が私に戻ってきた。そう、もしかしたら私は「自己」を自立させることができたのではないか、と。

 

「依存」と「自立」は表裏一体。どちらが良い、どちらが悪い、というものではありません。「依存」という概念があるからこそ「自立」という概念を認識できます。人の中には、当然「依存」の部分と「自立」の部分があります。

 

私は今まで自分の認識では「自己を誰かに依存させていた」とは感じていませんでした。ところが、「崇拝」という言葉から、どうやら私は自己を誰か、どこかに依存させてきたらしい、ということがわかりました。その事実を受け容れることによって、そのエネルギーは反転し、自分自身の真ん中としての「自己」を依存状態から自立状態に変えることができたのではないかと感じています。

 

この辺の説明、十分ではないかもしれませんが、今の私にできる説明はここまで。これが限界です。

 

きょうは朝から気持ちが悪くて、何回かその気持ち悪さに向き合っていました。その都度、私の中から、何ものかのエネルギーが抜けて行ったのです。何ものか ?  他者のエネルギーなのか、それとも私の過去生のエネルギーなのか、ご先祖さまのエネルギーなのか、私自身の中に眠っていた、別の私なのか。

 

その正体がなんであるかは別にして、「支配」のエネルギーを持った存在、あるいはエネルギー・ゾーン、そのものでした。

 

私の内なる先生が変わった、というお話をここ数回続けてさせてもらっていましたね。

 

どうやら、それと大いに関係ありそう。

 

「依存」の時代を経て、今度は一人で行けるね、自分の真ん中の「自己」と一緒に。

 

自分自身の足で立って、自分自身で生きていきなさい、その時がきたのだから。

 

そんなメッセージでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ 追記

 

「自分の足で立て」

 

は、愛猫・海・かいが天国に旅立つ時のメッセージです。あの時からずっと「自立」を心がけてきたのですが、そんなに簡単なものではなく。

 

やっと、かな、海・かい君。

 

あなたが天国に還った時、私のこころは空洞になっていたと、ある、アニマル・コミュニケーターさんが教えてくれました。

 

もしかしたらあの時の空洞は、私がこころの真ん中を誰かに明け渡してしまった、というサインだったんでしょうか。

 

あの時、私は「死」の世界に引っ張られていたのかもしれませんね。ここ二年半ほど、私は自分の「影」「闇」に向き合い、自分自身に戻る作業をし続けていたのですね。

 

「おかえり !   こちらのあなた自身へ」

 

等身大、自然体での私がここにいます。

 

ユング理論の「意識」と「無意識」は一般的には「顕在意識」と「潜在意識」の言葉に置き換えられます。ユングは自分の影である「潜在意識」を認識、統合することで、「自己実現」が進む、という考え方をもっています。ここは調べていないので、バクッとした表現になっていますが。

 

私は心理学の専門家ではなく、実際勉強をしていないのですが、数年前からユングの提唱している考え方が自分の中で実践され続けているのを感じていました。

 

実践が先。

 

これはユング理論なんだとわかったのは、去年の今頃でした。

 

ユング理論はスキルというより、私にとってのヒーリング・ツールとして誰かが差しだしてくれたものなのかもしれません。

 

誰だろう ?  海・かい、かな ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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