ハートの痛みを感じて

身体の痛みシリーズ、第2弾。

 

前エッセイで、細胞に自傷エネルギーを感じたとお話しました。続いてハートに痛み、です。

 

きのうは朝からものすごい勢いで身体の中をエネルギーが動きまくっていました。

 

最初は「トゲトゲ」、途中で清冽なサラサラとしたエネルギーへと変わり、けれどあまりにもエネルギーが強くて、全身がパツパツな感じ。

 

少しだけエネルギーに力を弱めてもらおうと、目を閉じて深呼吸をしていたら。

 

今度はハートにトゲトゲ感が。

 

これもはじめての感覚。

 

今までフワフワっとしたエネルギーが流れ込む感覚はあっても、ハートからトゲトゲが出てくるなんてことはありませんでした。

 

朝感じた、細胞の自傷エネルギーと似ています。

 

ということは。

 

心臓にも攻撃性のエネルギーを抑圧していたのかもしれません、無意識のうちに。

 

しばらく深呼吸を続けていると、今度は首の後ろに激痛が。

 

もう何がなんだかわからない状態です。

 

ただ一つハッキリしているのは、今感じるべきエネルギーが出てきてくれた、ということ。

 

深呼吸を繰り返しながら、心臓のトゲトゲ感と首の後の痛みを感じます。

 

心臓に関しては「条件付きの愛」のエネルギーが顔を出してくれた様子。首に関しては、頭とハート、理性と感情のアンバランスによる痛みの噴出のようです。

 

いつもは出てこない、深いところの、一見「負」のエネルギーが「せぇのっ」と声を掛け合って出てきたみたい。この「負」は私自身の攻撃性。抑圧していた攻撃性が、「いまだ」とあらわれてくれたのでしょうか。

 

なぜ、こんなお話を続けているのかというと、これが「自己受容」であり、「自尊感情」につながることだからです。

 

私たちは、いやな感情には向き合いたくない、できれば逃げてしまいたい、と感じる生き物です。一旦感情に対する抑圧の癖がつくと、それがこうじて、その感情が湧き出てきたことにさえ気づけなくなることもあります。するとそれらの感情は、身体の特定の部位、臓器などにたまってしまうことも。

 

私の場合、きのうの朝は全身の細胞から「トゲトゲ」が出ました。夜になって「要」ともいうべき、心臓から「トゲトゲ」が出てきました。

 

これは何を意味するのでしょうか。

 

私の感覚では、私の全身のエネルギーが大規模に入れ替わる時がきたような気がします。

 

わかりやすい言葉で言えば、感情のデトックス。ゴミ箱の底の底に隠れていた、その存在に気づくこともなかった「攻撃性」が「お役ごめん」と自分からゴミ箱の外に飛び出してくれた、そんな感覚。

 

こういう時は、私だけでなく、他の人にも似たようなことが起きていると考えられるんですが、あなたはいかがでしょうか。

 

春が先に来てしまった ?

 

春は今まで眠っていたように思えるエネルギーが突如動き出す季節。実は眠っていたわけではなく、少しずつ少しずつ春に向かって準備をしていたということなんですよね、それらのエネルギーは。桜はまだかたい蕾をつけていても、桜の木自体は、根からエネルギーをしっかりとたくわえつつあるのと同じように。

 

ということは、私の中の「攻撃性」は外にでるべく準備をしていてくれたことになります。

 

さて、ハートのエネルギーはどちらに向かうのでしょう ?  頭とハートのバランスはどんな風に整ってくれるのでしょう ?  自己受容が進む ?   周りのものに対する受容が進む ?

 

春、はいつになったから春、というものではなく、その人が「春だ」と感じたら、その人の中では本当に春になる、というものなのかもしれませんね。

 

そう、私たちの中で感じたことが外の世界の現実とリンクするということではないでしょうか。

 

だとすると、私たちが外の世界で感じたいことを自分の内で先に感じればいいということになります。

 

もしも外を愛の世界にしたければ。

 

答えは簡単。自分の内を愛で満たせばいいのですよね。

 

理屈はシンプルなのに、なぜこんなにもむずかしいんでしょうか。でも試してみる価値はありそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ 追記

 

当エッセイ、大半を2019/02/12に書き上げていました。どうしてもアップできず、翌02/13のアップとなりました。

 

前エッセイもそうだったのですが、執筆にてこずりました。

 

なんなんだろう、新しいエネルギーと古いエネルギーの交代がなされているからなのでしょうか。

 

こういう時は、エネルギーのせめぎ合いがあるのかも。

 

新しい環境に慣れるまでには、もう少し時間がかかるのかもしれません。

 

2019/02/13、以下さらに加筆します。

 

きょうある本を読んでいたら、心臓に激痛が走りました。それと腕が切り落とされてしまっているかのような感覚。しばらくすると元に戻りましたが、かなり強烈な感覚です。腕はハートと直結しているんです。大切な人を抱きしめる時、腕を拡げますよね。その時、きちんとハートも開いているという証拠。

 

私はもしかしたら自分が感じている何倍も自分のハートを抑圧してきたのかもしれません。少しずつ少しずつハートを開けるように自分なりに自己統合を進めてきたのですが、大きな転機が待ち受けているのかもしれません。

 

私はたまたまエネルギーに敏感な体質なので、このように体感で自分の感情の痛み、嘆き、哀しみなどがわかるようになっています。

 

でもハートは感じていなかったのかしら。

 

結構がく然としています。

 

これが今の私なんですよね。良くも悪くも。

 

このように一見「負」がものすごい勢いで出てきた時は、そのエネルギーが不要になったよ、というサインでもあります。逆に言うと、ハートがかたい蕾状態の場合、ものすごいのびしろがある、ということです。

 

ハートが開いているから良くて、閉じていると悪い、ということではありません。

 

すべて、自分のベストがそこにあるだけです。

 

自分のタイプと人のタイプとを比べ過ぎず、ただ自分のペースをあるがままに見守っていけるように、自分自身に寄り添って。

 

 

※ 追々記 

 

無事、アップできたお蔭なのでしょうか、今サラサラエネルギーが上半身を流れてくれています。当エッセイ自体が「感情のデトックス」をしてくれているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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