桜の花のトンネル 2019

家のすぐ近くの桜のトンネルの下を歩いてきました。

 

まだまだ咲いていない桜もあるのですが、それでも桜のトンネル気分は幸せです。

 

今年は桜の開花が早いな、と感じています。

 

さらに。開花時期がバラバラなのがおもしろい。

 

同じ種類の桜でもほぼ満開のものもあれば、まだ蕾のものもあります。

 

これって人間に似ていません ?

 

早咲きの人。遅咲きの人。みんなそれぞれだということ。

 

昨年まではここまでばらつきはなかったような。

 

そう。桜からのエールを感じます。あなたはあなたのペースで、ね、と。

 

私はどちらかというと気が短い方なので、早咲きタイプ ?  を期待していましたが、どうやら遅咲きタイプなのかもしれません。

 

ということは、魂的には、この先まだまだ大きな花を咲かせる気満々、ということではないでしょうか。

 

そのことを裏づけるかのように、ここ数日、意識の変化があらわれていて。

 

過去の想い出。今までは「いやだな」と思う想い出を統合し、解放してきました。

 

が、どうやら楽しかった想い出、嬉しかった想い出も手放していいらしい、という情報に遭遇したのです。

 

たとえ楽しかった想い出を手放しても、記憶そのものがなくなるわけではなく、「あの時は楽しかったな」という感情だけがなくなっていくんだとか。

 

「あの時は楽しかったな」は「今は楽しくないな。未来も楽しくないな」という想いのあらわれなんだとか。

 

今も、未来も楽しくするためには、過去は過去、という線引きをするのが良いらしい、という考え方です。

 

思い切って過去の栄光を手放すといい、と。

 

確かに、青春時代の想い出などに浸っている時は気分がいい。

 

「あの時は良かったな、最高だったな」と。

 

でもそれが「今は良くない、最悪だな。歳を取るって淋しいな」の想いの反面だとしたら、う~ん、個人的には、過去は過去、と線引きをした方が良いのかな、と思えます。

 

よく言われる「いまここ」の意味はそういうことなんでしょうか。

 

そう言えば、と過去の楽しかった想い出を思い起こすと、もしかしてそれって自分の思い込みかもしれないな、という気がしてきました。

 

過去の自分を脚色して、光り輝かせてしまっているのかもしれません。

 

本当は、Aくらいの想い出なのに、AA、とか、時にトリプルAとかに脚色したりして。その方が断然楽しいから。

 

でもそれって、今の肯定にはつながらないかも。

 

と、いろいろなことを思い浮かべているうちに、よし、これからは楽しい想い出、嬉しかった想い出も手放してみよう、とそんなところに達しました。

 

その背中を押してくれたのは桜たちかもしれません。

 

みんなそれぞれ。自分のペースでね。という彼らの愛のメッセージ。

 

ただの「うっかり桜」ではないと思いますよ、早咲き君たちだって。

 

個性があってあたりまえ。違いがあってあたりまえ。みんなと一緒、みんなと足並みをそろえる必要なんてないんだよ。

 

桜君の声が聴こえてきそうです。

 

毎年、この時期は桜並木、桜林に日参するのがここ数年の習慣になっています。

 

それでもすべてが「一期一会」。同じ景色、同じ匂い、同じ命、同じ光に遭遇することは、過去にもこの先にも一度もないのです。

 

だからこそ、毎瞬毎瞬をひたすら幸せに生きよう、とそう思うんでしょうね、私たち人間ってヤツは。

 

もしかしてそれを「欲」と言うのかもしれないけれど、せっかくこの世に生きているんだからそれもいいじゃない ?  と感じるのは私だけでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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