ぎっくり腰がくれたプレゼント 5

ぎっくり腰について調べてみました。

 

痛いのは2~3日。その間は安静に。その後は痛みも和らぐので活動をはじめて、と。

 

あえて最初に調べませんでした。調べると情報に引っ張られるから。

 

こうして視ると、改めて私たちの直感は素晴らしいな、と感じますね。

 

予備知識がなくてもちゃんとその通りにしている。

 

このことがわかったことも大きなプレゼントです。

 

トイレも大分楽になり、先ほど主人と車で出かけてみました。

 

なんと、車の乗り降りは思ったより大変です。手の力がなかったら、足腰だけでは乗り降りできません。

 

こうやって、手は足を、足腰は手を、とお互いに支え合って活動していることに改めて感動です。歩行は思った以上にスムーズです。骨盤をサポートするベルトを買いましたが、頼りすぎたくはないので、きょうは使っていません。治癒力というのは、確かに働いてくれていて、はっきり自覚できるほど、その変化が身体にあらわれています。

 

さて、家に帰ってきてお花の水やり。

 

お花は正直です。ほんの数日のことなのに、半枯れ状態。バラなんて、葉がまっ黄色になってショボショボ。仕方ない。これも生命の営みの一つですよね。

 

わが家のジョーロは割と大型なので主人に水やりを頼みました。ベランダにスロップシンクがないのでキッチンを何往復も。

 

そのお蔭で、私が普段それなりにがんばっていることが主人にもわかりました。私が体調を崩すことってあまりないので、私がどんな風に家事をこなしているのか、主人にはまったくわかっていなかったのです。

 

一説によると、植物が枯れるのはその家の邪気を吸ったから、という考え方があるようです。

 

とすると、わが家のお花は、私のデトックスのサポートをしてくれたことになります。それに備えて、その直前まで、冬、春、夏、すべてのお花が「てんこ盛り」状態で咲いてくれていたのかも。

 

こういう、自己都合的な考え方も、もしかしたら本当のことかもしれませんよね。

 

彼らは、人間をサポートするための「緑」という色をメインにしています。「緑」は「赤」の補色。「赤」は人間の血液の色なんだとか。また、「緑」と「赤」は、陰陽カラーとして、二つで一つ、という考えもあると言います。

 

人間と植物の共存共栄は、そんなところからも推し量れるものなのかもしれません。もちろん、人間、というのは動物全般として置き換えられるのかもしれませんけど。

 

ということは、わが家のお花たちの「死」によって、私の「生」が支えられ、私の「デトックス」によって、お花たちのまた新たな「生」の誕生があるのでしょうか。そういえば、半枯れのお花ははさみで切っちゃいました。ということはそこに新たな命の胎動がある、ということも考えられますね。

 

こんな風に、現象としての「ぎっくり腰」は、何かを大きく変えるための「トリガー」だということ。変容のきっかけを創ってくれているのです。

 

あまり長引くのは何だけど、そこそこいい感じで良くなり始めているので、こころは「余裕」です、「不安」「恐れ」ではなく。

 

さらに、最初のエッセイでお話しました。この一連の流れはまちがいなく「希望」につながっているということ。「希望」が免疫力を上げるのです。

 

免疫力、ほぼ自然治癒力と=です。

 

私たちの身体の中には、目に視えない、無数の神秘と叡智がつまっている。そのことを今、私は身体と精神と一緒に体感させてもらっています。

 

 

 

 

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