科学者と猫

量子力学。

 

テレビで科学的に量子にアプローチしている人たちの話をしていました。

 

量子とは、= ではありませんが、素粒子のこと。その性質をたどっていくとなかなか興味ぶかいものがあります。

 

瞑想もヒーリングも量子力学で語られる内容と共通項は多く、私も言葉だけは知っていました。

 

主人は、目に視えない世界は、ほとんど否定しているタイプ。

 

一方、私は目に視えない世界を感じてしまうタイプ。

 

まったく真逆の二人が、同じテーマの番組を、まったく異なる視点で視ています。

 

私は早くも脱落。そう、観始めてすぐに意味がわからなくなってしまいました。

 

それでも何とか観続けていたのは、ストーリー・テラーがにゃんこだったからです。

 

後半になると、科学的施設、あるいは科学者たちと深い関係にある猫たちが紹介されました。

 

その時です、わがにゃんこ姫、海・うみに変化が起きたのは。

 

テレビを観て固まっています、瞬き一つしない。

 

あんな海・うみの表情と様子ははじめて。

 

私の頭の中では「テレポーション」という言葉が浮かんでいました。

 

テレポーションを正確に理解できていないのですが、私の捉え方では、確か身体はそこにいるけれど、光の肉体が別のところに存在していること。もしかしたら、分身の術、みたいなものかもしれません。

 

すぐ、そのことが浮かんできました。これも、量子力学で語れる内容のお話。

 

主人は、ただただ海・うみの様子に驚いていました。

 

スピリチュアル分野の好きな人には、猫好きが多いと言います。ヒーラーさんなどは、かなりの率で猫と暮らしています。猫の何らかの能力を借りて、ヒーリングをしている可能性も考えられなくはありません。

 

犬にもヒーリング能力があるのですが、猫のそれはさらに強いと言われています。

 

その猫が科学者たちのそばでのびのび、と暮らしているのです。

 

「猫に霊感もらってるの ?」

 

主人の言葉です。

 

「人間は猫にまもられているの ?」

 

私にしてみれば今さらな言葉を主人が次々に口に出すという快挙が起きました。

 

それだけでもこのテレビ番組鑑賞には大きな意義があった、ということです。

 

ヒンドゥーの教えにこんなものがあるそうです。

 

入口は違っていても、すべての宗教は一つの場所にたどり着く。だから、自分と異なる見解の宗教であっても、否定も攻撃もすべきではない、ただ「自分にはよくわからない」というスタンスでいればいい。

 

量子についても、同じことが言えるのかもしれませんね。

 

科学者たちにとっては、さまざまな研究と検証を重ねることで、その実体がつかみやすくなる。

 

神秘能力があり、科学には疎い私のようなタイプには、感覚でその片鱗を感じる。

 

本当は、神秘能力は誰にでもあるのですけれど。ただそれを受け容れられない場合があるということです。

 

実は、科学的能力の高い人こそ、神秘の力を存分に活用しているのかもしれません。それが科学者たちと猫が仲良くしている大きな理由なのかもしれません。

 

なぁんて言うと、「神秘能力なんて」とお叱りの声も出てくるでしょう。

 

かの、アインシュタインは、量子力学を受け容れられなかったと言います。

 

それを現代の科学者たちが、別のアプローチから、確かなものへとの確信を深めている。

 

その違いに、神秘能力の感じ方がないとは言い切れないのではないでしょうか。単に違い、であって、能力が上とか下とかいう意味ではありません。感じる場所、感じ方、捉え方が違うのでしょう。そう、神秘能力における個性です。

 

いずれにしてもアインシュタインは、未来に希望を託してくれたのかもしれません。

 

さて、直感は誰にでもありますね、さらに直観も。それと神秘能力はほとんど同意語です。

 

パフォーマンスチックな神秘能力者が多いので、その辺の誤解が膨らんでしまっているのではないでしょうか。

 

番組が終わって、しばらくしてから、海・うみがぐったりした様子でごはんを食べ始めました。

 

テレポーションは、エネルギーをたくさん使うのかもしれませんね。いえ、それは私の思い込みだけなのかもしれませんけど。

 

視えない世界のことを、科学者たちが一つ一つ解明しはじめてくれています。けれどそれは100%の解明ではありません、ごく一部。

 

そう、科学のない世界はあり得ませんが、科学が宇宙のすべてを解明してくれているわけではありません。これからその解明が進んでいく可能性がたくさんあるということ。

 

ということは、科学的根拠という言葉も100%ではないということでしょうか。もちろん神秘能力が100%ではないように。

 

ということは、私たちの知っている事実も、宇宙のすべてではないということです。ごく一部を切り取って、その一部の中の真実が視えはじめている段階。

 

宇宙のスケールの大きさを感じました。

 

同時に、人間の小ささも。

 

自分の命を尊重することは大切です。けれど自分の考えを絶対視することは、大切な何かを知るためのチャンスの盾になってしまいます。

 

改めて、宇宙で生きるその意味を再確認させてもらいました。

 

科学者に猫好きが多い。

 

なるほど。

 

獣医師に猫好きが多いのは、そういうことだったんですね。

 

動物、特に犬猫ちゃんは、かなりの比率でそのすべてを人間に合わせてくれています。人間は、彼らの能力を100%理解できてはいません。人間が知る、犬というものは、猫というものは、は人間の潜在意識によって、人間主体での捉え方になっています。

 

海・うみの様子を視て、そう感じました。

 

彼らのポテンシャルは、人間の理解をはるかに超えています。

 

彼らが私たち人間に合わせてくれているんです。

 

そのことがわかって、良かった。

 

一見おつむゆるゆるにみえる愛犬・華実にも、私の知らない潜在能力がまだまだあるということです。

 

人間も同じかもしれません。私たちは自分の潜在能力の数パーセントにしか気づいていないのかもしれませんね。

 

自分にはないと思える力を他者からみせてもらうことで、自分の長所も欠点もわかるようになる。

 

自分に、より近づくことができる。

 

すべての存在はそうやって、お互いの「ため」になっているのです。

 

宇宙の仕組みは、そうできている。

 

と私はそう、感じます。

 

 

 

 

 

 

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