反転の兆し 2

悲観から楽観へ。

 

まちがいないようです。

 

愛犬・華実とのお散歩から帰ってきて、少し疲れたので身体を横にして休めていました。

 

そこで深呼吸。するとまたも鼻づまり、突然、です。

 

鼻づまりに意識を傾けてみたら、「休んでいいんだよ」というメッセージが浮かびあがってきました。

 

言葉が聴こえるのではなく、なんとなくイメージ的なものがすぅっと浮かびあがってきます。

 

その次に、「怠けてもいいんだよ」「自分を甘やかしてもいいんだよ」と。

 

なるほど。私は身体を横にして休めることを「怠けること」と認識していて、怠けることはいけないこと、とも感じていたようです。

 

私は、小さい頃から肝臓が弱いと言われ、けれどこれと言ってそれらしき症状はないまま、今にいたっています。

 

沈黙の臓器、ですものね、症状はなかなかあらわれない。

 

確かに以前はそれなりに疲れやすかった。肝臓が弱いと疲れやすくなる、と言われています。

 

疲れる。これは憑かれる、でもあって、さまざまなエネルギーの影響を受けやすいタイプだとも言われたことがあります。

 

そう、私はエネルギー的に敏感です。一見良いと言われるエネルギーも、一見悪いと言われるエネルギーもどちらもビンビンに感じてしまいます。

 

ということは、疲れやすくてあたり前。

 

それなのに「疲れることはいけない」と感じ、さらに「身体を休めることは怠けることだから良くないこと」と捉えていた。

 

身体を休めるたびに「ほら、また怠けてダメじゃない」ともう一人の私が、無意識のうちに責め続けていたのでしょう。

 

そもそも人よりエネルギーを感じやすいので、疲れやすいのはあたりまえ。

 

疲れたら身体を休めるのがあたりまえ。

 

それを「いけない」とずぅっと思っていた。

 

だから、身体を横にした時だけ、鼻づまりが起こる。

 

華実のお散歩時に、二回ほど足をねじりました。捻挫にはなっていません、ただグキっと足首が曲がる感じです。

 

何だろう、珍しいな、と感じました。

 

そう、私はケガをしても身体を休めてはいけないと思っていて、先日のぎっくりの時も身体を休める自分を責めていたのですね。

 

それに気づかない限り、何かケガをさせて無理やり休む状況に追い込む。どうやら、それがあちらの戦略のようです。

 

幸い、きょう気づけた、あ、休んでいいんだ、怠けてもいいんだ、自分を甘やかしてもいいんだ、と。

 

この意識の解放、どう考えても楽観、ではないですか。

 

悲観モード優位の時だったら、またもケガを招き寄せてしまったのかもしれません。

 

ふぅ。

 

休んでもいいんですよ、怠けてもいいんです。

 

疲れた時は、ちゃんと身体を休ませてあげる。

 

私たち自身がそうしてあげないと、身体は休めないんですもの。

 

潜在意識の力、おそるべし、です。もっと自分の深層心理に耳を傾けてあげないと。

 

自分の声を聴いてあげないと。自分自身の声。

 

 

 

 

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