「自分は特別」というエゴに気が付いたら

自分は特別。

 

あなたは、こう思ったことはないでしょうか。

 

私はあります、振り返ってみるとかなり頻繁に。

 

自分は特別。さまざまな方向に考えられますね。

 

自分は特別に素晴らしい存在。

 

自分は特別、意識が高い。

 

自分は特別、Lucky。

 

同時に真逆の特別も存在します。

 

自分は特別に愚かしい存在。

 

自分は特別に、意識が低い。

 

自分は特別、Unlucky、というように。

 

こちらの場合は、特別を意識しないで捉えていることが多いかもしれません。

 

自分は愚かしい存在、と。けれどその時点で何かと比べて愚かしいと思っているので、そこにはやはり「特別意識」が関わっているということでしょう。負の面での特別意識。

 

さて、こんな風に視ていくと、私たちは、かなりの比率で「特別な自分」を意識していることがわかります。

 

みんながみんな、「私は特別」と感じているのです。

 

ということは、特別意識をもつことは「特別」なことでもなんでもなく、あたりまえのことなんだ、と認識することが大切になってきます。

 

同時に、「あたりまえなんだけど、あまりにも特別、特別と感じるのは、それは普通ではない」、つまり、イレギュラーな状態だ、ということもあるのではないでしょうか。

 

「私は特別」と感じている時、「あの人は特別じゃないわ」と感じていることも少なくありません。その場合は、完全に優越感に浸っています。「どう ?  特別な私ってすごいでしょ。なんてたって選ばれし民なんだから」、潜在意識の部分ですね。

 

よく、鼻もちならない人、というタイプがいますが、それはまさにこの特別意識が膨らみ切った状態のことを言います。同時にそれを他者から感じる時は、自分自身も特別意識が膨らんでしまった状態だということになります。

 

相手に視るものは、自分自身の内なる姿に他ならないからです。

 

こんな風に、私たちの意識は、結構複雑で、自分で認識できる顕在意識だけではなく、自分ではなかなか認識できない潜在意識が大きな力を持っていて、結果、私たちの人生を操るという状況に。

 

となると、潜在意識から目を背けていたら、大変なことになる、ということ。ところが、私たちは潜在意識なんて言葉自体、学校で教わることもなく、親や周りの大人から教えてもらうこともなく成長していくため、その存在に気づいた時、愕然とすると同時に、どう扱ったらいいのかわからない状態に陥ります。

 

潜在意識は敵ではなく、自分自身、ですから、向き合うしかない、誠実に一つ一つ。「それはこういうことかしら」と自分自身に問いかけていくしかありません。

 

地味ぃな作業。

 

その作業をスムーズに進めるツールのひとつが「呼吸」です。

 

「呼吸」は基本誰でもできること、ごくレアなケースをのぞいて。

 

誰でもできるということは、誰でも自由に使いなさいと、ソースから平等に与えられたもの、ということです。

 

「ううん、私だけ特別に授かったの」などというものではないということですね。

 

私たちはちょっと気を許すと「私は特別。私だけは特別」とエゴが大いに自己主張をしてしまう生き物です。

 

「あ、今、特別意識が膨らんでいる」と思った時は、エゴががんばってしまっている状態。そういう時は、エゴをやっつけるのではなく一休みしてもらうために深呼吸をすると自分のモードが変わります。

 

呼吸に意識を寄せることでエゴに一休みをしてもらうのです。

 

今、思うと私も恥ずかしいくらいに特別意識を膨らましていた時がありました。

 

過去のことは仕方ない。少なくとも「今」からは、特別意識の肥大化を自分自身でコントロールしよう、とそんな風に感じています。

 

私たちは他の人と関わりを持つとどうしても「私が上」「私が下」という縦の関係を意識しますから、その大前提を抑え、「エゴちゃん、エゴちゃん、一休みね」という想いと共に「ふぅ~」とまず息を吐いて、それから意識的に呼吸をしていきます。

 

それで特別意識というエゴの暴走を緩和させることができるようになります。

 

簡単なんです、仕組み自体はとても。

 

けれどそれがなかなかうまくいかないのは、エゴが存在するから。

 

エゴ自体は悪いものではありません。まず、その事実から受け容れていきたいものですね。

 

 

 

 

 

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