卒業の指示

前々エッセイで、『出逢いの時』というお話をしています。

 

どうやら卒業の時がきたようだ、同時に何かとの出逢いの時でもあるようだ、と。

 

突然、卒業の指示が来ました。といっても誰かの姿が視えるとか、声が勝手に聴こえてくる、ということではありません。自分の内側から、なんとなくその概念が浮かびあがってきたのです。

 

何の卒業 ?

 

本の卒業でした。手元にある本を数冊手放しなさいと。

 

何の本 ?

 

こころに関する本でした。厳密に言うと、真理の探究とか、宗教系こころのあり方のようなものです。

 

二年ほど前でしたか、突然断捨離の波が訪れて、ほとんどの本を手放したことがあるのですが、二年も経つといろいろな欲が出て、またまた本が増え始めてきていました。

 

一冊一冊、「この本は私の前進に必要なものですか」と自分自身に問いかけつつの選別をしてみました。

 

終わってみたら、見事なまでに「精神」「こころ」系の本が手放しのリストに入っていたのです。

 

自分なりに納得の行く選別内容です。

 

ちなみに「こころ」系といっても心理学の本は手放しリストには入っていません。

 

以前どこかで目にしたことがあるのですが、宗教系、それに準ずる本は影響力が強く、自分の本質に合っていないと人生に迷いが生じる場合がある、というようなお話がありました。

 

私が求めたものは、ダイレクトに宗教的なものではありませんが、その傾向は十分に感じられるものばかり。

 

高かったのに、とか、えっ、これも ?  みたいな想いもきっばり手放し、即処分することにしました。

 

これらはリ・ユースさえしない方が賢明との意見を参考にして。

 

当エッセイを書き始めてすぐ、全文が飛びました。

 

これを悪いサインと取る場合もあるようですが、私の場合はまったく逆。

 

「Yes !  その通り」のサインだと受け止めました。

 

また、執筆時にちょうど日没が重なり、ここに引っ越してきてはじめてというくらい美しくて立派な黄金の夕陽が部屋の窓から確認できました。

 

しかも、愛猫・海・うみが今、声高らかに何ものかと交信をしています。ただ鳴くのではありません。さらに、思い切り吐いています。特大サイズの毛球です。

 

脱皮。

 

海・うみの一足早い祝福。

 

ここまで書いたら、私自身突発的にものすごい咳。

 

私の中から、過去の私が飛びたっていくかのようです。

 

 

 

 

 

 

 

※ 追記

 

手元の資料の整理をしていたら、偶然チャクラの話が出てきました。チャクラとは、インドのヨーガの考え方で誰の体内にも存在するエネルギー・ボール、エネルギー・ゾーンのようなもののことです。

 

当エッセイ本文中に黄金の夕陽とありますが、これはチャクラでいうと、第三チャクラ・太陽神経叢と呼ばれるところとリンクします。

 

太陽神経叢の説明に以下内容に近いものがありました。私なりの解釈を加えています。

 

太陽神経叢は意志の中心。将来に対する目標だけでなく、過去の問題をもコントロールする。肉体をもつ「人」としてのパーソナリティーの中心。このチャクラのバランスが自己受容、意志の力、成功への意欲とつながる。

 

本文でお話した内容だけでなく、前エッセイ『桜が咲いた』の内容ともつながっている気がしませんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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