ユング学校、卒業

 

2019年8月15日。終戦記念日であり、満月でもあり、台風の影響もあり、でものすごいデトックスが起きました、こころのデトックス。それがきょう8月17日まで続いていて、なんともヘビー。

 

さて、表題通り、「分析心理学 ユング学校」卒業となりました。

 

勝手に入学して勝手に卒業。

 

ユング学校への入学は5年ほど前。私自身がカウンセリング・セッションを始めるのと同時だったようです。

 

「ようです」としているのは意識の中で勝手に起きたことだったので、自分が意図的に「勉強しなくちゃ」と感じたことは一度もなく、実際、勉強したこともなかったから。

 

どうやら意識の中でユング学校に入学したらしい、と気づいたのは今から一年半前。

 

私の行うカウンセリングの考え方がユングの理論の系統と似ていたのです。その時点まで「ユング」については名前は知ってる、といったレベル。どんな理論を展開しているのか、どんな人物なのか、まったく知りませんでした、もちろん本も読んだことはありません。

 

一年半前に気づいて、以来入門編から始まって数冊、そして近いところで自伝などを読んでみました。

 

ユングの理論は視えない世界の部分も踏まえたもので仏教的概念と近いところもあって、私たち日本人には割と馴染みやすいものとなっています。

 

ただし内容はかなり難解です、ユングの書く文章そのものが難解。これは天才に多い傾向。

 

当エッセイの最初に南方熊楠について軽く触れていますが、彼の文章も「飛び飛び」、彼もまた天才です。

 

ユング理論は、今まで私が目にした「マスター」レベルのどんな人の話よりわかりやすく、というか共感点が多く、「うんうん、そういうことなんだよね」とうなずくことも少なくありませんでした。

 

なぜ、卒業を、と思ったのかというと、

 

〇 ユングはある文章、あるいはある人物に「ならう」という生き方は望ましくない、としています。つまり、ユングの真似をしたり、ユングの理論のコピーはしない方がいい、という考え方をしています

 

〇 ユングはあまりにも「天才」なので、ユングの理論を凡人の私が真似しようと思ってもそれは無理。あくまでも「ヒント」にする範囲

 

大きくはその二点。実際問題、ユング理論通りのカウンセリングは私にはできません。夢分析や神話のひも解きなど、何をどうやってもできないことばかり。

 

ただし、理論の中の例えば「光と影」の理論だったり、女性性、男性性の理論、また「共時性」理論などは深く勉強していない私でもそれなりの活用の仕方は可能です。他にもポイント、ポイントはセッションに反映できます。

 

同時に、こういうところも卒業のポイントです。それは、

 

〇 どんなに素晴らしい天才でも完璧な理論には至らない

 

ということ。これは自分のことも含めて「この世には完璧な人間は誰一人いない」という結論をもたらしてくれました。誰かと比べて「完璧」を目指すより、自分の「あるがまま」を一つ一つ認めていった方が現実的だとわかりました。

 

生意気な言い方ですがユング理論は、私の知る限り完成度の高い理論です。それでも100%ではない。だとするとそれに没頭すると、大切な何かを見落としかねない。少し距離を置いて、「あ、ここ、ここ。ここはこんな時に使えるよね」というように自分の引き出しの一つの中に収めておくのがちょうどいいんじゃないか、と感じました。

 

他の引き出しには他の考え方もおいといて。

 

素材の一つとして大事にはするけれど、それがすべてと思う必要はないんじゃないかな、ということです。

 

世には「フロイト派」「アドラー派」「ユング派」と、もちろん他にもあるんですが〇〇派として生きている人たちがたくさんいます。それはそれで頼もしいことですが、私は〇〇派には属さず、カウンセリングにおいても「自分流」が一番いいな、と気づきました。

 

いくら理論が素晴らしくても自分が使いこなせなければ仕方ありません。

 

逆にどんなに理論が素晴らしくても、クライアントさまの状況はそれぞれですから、臨機応変ケースバイケースで対応させてもらった方が良いのでは、とも思いました。心理学がすべてではないですし。

 

こうやってまた「本流」からは外れていくわけですが、「支流」にこそ、「私なり」が隠れているのかもしれませんから。

 

これってなんとなく「ホリスティック・ケア」にも通じることなんじゃないかな、と。日本のホリスティック・ケアの本流は本流であるんですが、私はちょっと異なる視方をしているんです。

 

正しい、まちがい、ではなく、その方が今の私にはピンとくる、ということで。

 

本流に加わっていれば安心かもしれません、でもそれは誰かが創った「本流」であって、自分にとっての「本流」ではないのかも。テストではないので「本流度何点」という考え方はいらないのかな、少なくとも今の私には。

 

クライアントさまにとって何がベストか、が一番大切なはず。

 

そのことが明確になり、スッキリしました。

 

ユング学校に勝手に入学させてもらってたお蔭です。

 

勝手に卒業しちゃうのもまた私らしいかな、と。

 

ちなみに。

 

ユングの女性とのおつきあいに眼を向けると、結構「ダメンズ」です。それがユングの魅力なのかもしれませんけど。

 

あれほどの人物でも、自己統合は苦手なんだな、と思ったら、ホッとしちゃいました。私レベルの人間が自己統合ボチボチベースなのは、あたりまえと言えばあたりまえ。

 

逆の視方として、カウンセラーとかヒーラーとかセラピストとかの職業に就く人は、実は自己統合が大きな課題の人が多いのかもしれません。そこを忘れないようにしないと時にミイラ取りがミイラになってしまうことも。

 

これからセッションを続けていくうえで、とても大切な「原点」を教えてもらえました。

 

そうそう、『ユングと河合隼雄』の中でお話した、「ユングは愛着障害なのでは」ということ、ほぼ間違いないようです。あるサイトには「強度のマザコン」とありましたが、乱暴な言い方をするとマザコンの意識エネルギーと愛着障害のエネルギーとはかなり近いもののはずですから。

 

愛着障害だからこその生きづらさがユングの生き方にはたくさんあらわれています。実に生きづらい一生だったようですよ。が、だからこそ生まれた理論の数々なんだということもわかりました。

 

愛着障害もまたユングにとっては財産であり、性格的特性でもあり、ということ。

 

人にはそれぞれ本当に豊かな宝物が備わっていますね。私たち自身もそうなんでしょうね。

 

ユング先生、卒業のお祝いたくさんいただき、ありがとうございました。勝手に癒してもらっちゃって。

 

やっぱり、ユングは圧倒的セラピスト。

 

 

 

 

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※ 追記

 

当エッセイ更新の翌日、大きな解放と共に「自由」が訪れました。同時に、「深層心理学」の縛りが解けました

 

 

 

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