芸術による魂の洗濯

魂は洗濯できるんでしょうか。

 

一説によると、魂は傷つかない。

 

ということは汚れないということ ?

 

じゃ、命の洗濯かな。でもトコトン深いところが洗われた気がするんです。

 

たった今、家のすぐ近くのショッピング・センターでハワイアン・アーティストの音楽に触れてきました。なんでもあちらのグラミー賞にあたるアワードでベスト・ヴォーカル賞を獲ったことのある人なんだとか。ギター・テクニックも半端ない。サービス精神も最高。

 

もう、気持ち良くて気持ち良くて。

 

それだけの賞を取った人なのに、すごい気さくなんです、自分でスピーカー運んだりして。最後、ギターの弦が一本切れたのに、二曲もアンコールで歌ってくれました。

 

芸術って、実は宗教以上に「カミ」が近いのでは、と私は感じています。アーティストには必ず、芸術のカミさまがつながっている。本当はすべての人がそうなんですけれどね。

 

音楽、絵画、私のように「書く」という行為に対しても。ダンスなどもそうでしょうし、スポーツなんかもそうなんじゃないでしょうか。

 

何、という限定はなく、みんなそれぞれ「才能」という財産をもらってこの世に生を受けています。その才能をフル活用できるようにと必ずあちら側の応援が入るようになっている。けれどそれは自分自身で自分の才能を受け容れた時。

 

「どうせ私なんて才能らしい才能もなくて、このまま地味ぃに一生を終えるんだわ」なんて思っていたら、芸術のカミさまだって応援のしようがないはず。「私はこの才能でこの地球に、この宇宙に最大限のひかりをもたらします。よろしくお願いします」くらいの気概がないと応援しがいがないじゃないですか。そんなことないのかな。

 

きょうの男性アーティストをみて、こころの底からそう思いました。才能を開花させるために、さまざまな努力を重ねた人なのかもしれないな、と。その先にある笑顔なんだろうな、あの満面の笑みは。

 

あなたにはどんな芸術のカミさまがついていますか。ちゃんとつながっていますか。芸術的センスがないように思えても、絶対あなたにはあなたにしかない才能が備わっています。その才能をフル活用していますか、自分自身のために、みんなのために。

 

最近つくづく思うんです。私たちは癒されたかったら自然と同調すればいいし、魂や命の洗濯をしたかったら、芸術に触れればいい。特別なメソッドとか、マスターにしがみつく必要はないのかもしれないな、と。

 

自分探しをするためにセミナー三昧とかワーク三昧とか、そういうの、楽しい人はトコトン楽しんだ方がいいけれど、私みたいなタイプは愛犬・華実とお散歩するだけで癒されちゃうし、素晴らしい音楽に触れるだけで自分の真ん中が綺麗になってしまったような気がするくらい。その部分に関しては私は安上がりなんですね、きっと。

 

それが極上感たっぷりなので、私には合っているんだろうな。このスタンスとスタイルが。特に私は音楽が好きなので、大感動&大感謝 !「QUEEN SUPER FIREWORKS~夜空のラプソディ~」でお話したように、音楽に触れただけで、かなりのパワー・チャージをしてもらえます。

 

自分のハートに響くもの。それが私たちのエネルギーにつながります。

 

お料理が好きな人はトコトンお料理を楽しめばいいし、お掃除が好きな人はトコトンお掃除を楽しめばいい。フィットネス系が好きなら、トコトンフィットネス系を楽しめばいいんです。

 

あなたの「好き」は、あなたの才能でもあるはず。

 

ちゃんとあります、誰にでも。何が「好き」なのか、どうやってそれを活用したいのか。そんなことをきちんと見つめる時間があってもいいのかもしれませんね。

 

それが「命の洗濯」「魂の洗濯」につながるはずだから。

 

2019年9月30日、私はきょうと同じようにアロハ・フェアなるイベントで「古代フラ」に触れています。その時のことは以下でお話しています。

 

プラーナ、氣、マナ、つながりました !

 

芸術に触れると自然霊に包まれる感覚になるんです。

 

自然霊って何 ?  大いなる存在の「氣」のこと。だから気持ちいい。トコトン癒される、んですね。

 

 

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※ 追記 当エッセイの前のエッセイはこちらです。私、「引き寄せ」の本、書いてました !

 

当エッセイ、ものすご~く「ひかり」が入り込んでいます。

 

 

 

 

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