耳の違和感の奥に隠された愛のメッセージ

ここ数日、耳が変です。先日、福岡に行くのに飛行機に乗ったのですが、どうもその時以来、耳に違和感が残っています。

 

耳に関するメッセージはと調べてみたら、「鈍感になれ」というものが見つかりました。

 

納得。私は周囲の状況に耳を傾けすぎていたのでしょう。

 

さらに出てきたのは、「聞きたくない話に耳をふさいでいる状態」。

 

またも納得。なるほど、ようやく意味がつかめました。

 

今のこの肺炎騒動。もちろん現実を直視する意味では関連情報は必要です。が、過度に情報が入ってきているのではないかと。わがやの場合、主人がニュース好きなのでどうしても日に何回もこの情報が耳に入ってきます。

 

そんな中で私の潜在意識は、「こんなことを言われたって私にはどうすることもできない」と感じていた様子。「こんなことを言われたって私は誰のことも助けられない」「誰の力にもなれない」「私は無力で非力な存在。私は無価値だ。ほんと、役立たず。こんな状態の私が生きていていいはずがない」と、ここまで深く掘り下げ、自分自身を責めているんだろう事実に気づきました。

 

潜在意識でのお話です、顕在意識ではありません。ですから無意識の中での感覚。無意識のうちに、度重なる情報を前にして「もうこの話は聞きたくない」と耳が勝手に「聞かざる」状態に入っていた。

 

おそらく、なんですが、私の潜在意識は今回の事に限らず、一見「不幸」「不具合」「不運」「不遇」と感じられる状況に出くわすといつも「こんなことを言われたって私にはどうすることもできない。そんな役立たずな私が生きていていいわけがない」と、自分自身を徹底的に責める、という思考回路が身についているのではないか、と感じました。

 

このことに気づき、しばらくこの感情を感じていたら、耳の違和感はウソのようになくなりましたから、今回のこの「読み」、当たっているはずです。

 

「鈍感になれ」というのは言葉をかえれば周りの情報に振り回されるな、ということなんでしょうね。

 

私のようになんでもかんでも「自分の責任だ。自分が悪いんだ」と感じてしまう人は実は少なくないんだとか。もしも今、耳のあたりが「ツッキーン」と痛むような圧迫されるような感覚があるようなら、私とほぼ同じ思考回路をもっていると思いますから、その事実を認め、感じて受け容れてみるといいかもしれません。

 

個人的に、今後、何かの世界的トラブルなどが発生した時、私はこの思考回路にはまらないような予防策が見つかったな、という気持ちになっています。今までの思考習慣、それはそれとして、けれど今度はそこにはまらない。はまってしまう前に思考の修正ができるのですから。

 

耳の違和感という一見「不具合」がこんな素晴らしい情報を私にもたらしてくれました。身体に何らかの不具合がある時は、「何かに気づいて」というサインが出されているということ。不具合=いけないことだからやっつけろ、ということではないということですよね。

 

 

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※ 追記 当エッセイの前のエッセイはこちらです。『胡蝶の夢』

 

実は今回のこの意識、感情は、以前東日本大震災の時にも感じたもの。その時に自分なりにヒーリングしたつもりでしたが、今頃になって再度頭をもたげてきたようです。そういえばあの時はヒーリングはしたけれど、今後の予防策までには頭が回っていなかった。

 

今出てきてくれたことは「Lucky」です。ずっと抑圧し続けていたら、耳の違和感くらいではすまなかったかもしれません。

 

身体にあらわれている症状は私たちの潜在意識からのメッセージであることが多いもの。どんなにちっちゃな症状でも大切な友と向き合う感覚でその真意を探りたい。身体との対話、大切ですね。

 

参考『自分を愛して !』リズ・ブルボー著 

 

この本は賛否両論あるようですが、個人的には素晴らしい内容の書籍、ただそれだけです。もちろんうのみにするのではなく、自分で咀嚼して、の範疇で。

 

 

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