性暴力被害者という立場からの解放 6

『レイシスト、ルッキズム、優生思想』

 

性暴力被害者という立場からの解放 5 執筆のお蔭なのか、またもたくさんの意識が浮かび上がってきた。

 

レイシスト。人種差別をする人。同義語として人種主義者、民族主義者、排外主義者などがあげられる。

 

ルッキズム。外見、または容姿至上主義。

 

優生思想。遺伝的に優秀とされる人間だけを残そうとする学問、またその意識。

 

レイシストと優生思想はかなり近い概念だろうし、そこには時にしてルッキズムも重なりかねない。ゲルマン民族の優生思想はこの手のことに疎い私でさえ以前から知っていた。これらは互いにクッキリと線引きができるものではなくまだら模様のようにまじりあいながら存在しているものなのかもしれない。

 

例えば「白と黒」。一般的に白は「ひかり」で黒は「闇」とする捉え方がある。これは「白人」は「ひかり」で「黒人またはカラード」は「闇」というベースの意識があるからだ、という説を耳にしたことはないだろうか。

 

「白魔術」と「黒魔術」。どちらも「魔術」なので価値は同じなのだが、なぜか「白魔術」は「善」で「黒魔術」は「悪」とする説もあるくらいだ。

 

つまり「白人」目線の価値観。その基準は「見た目」の肌の色や髪の色。

 

マンションの敷地内にドクダミが咲いている。ドクダミは「十薬」と呼ばれ10種類程度の薬草としての働きをもつ植物だという。そのドクダミが突然刈り取られてしまった。ドクダミと一緒に咲いていた名前のわからないこちらも「野草」だろう愛らしいピンクの花は残っている。

 

「雑草という草はない」、昭和天皇がそんな言葉を口にされたことがあるとどこかで目にした。

 

ドクダミは野草であり、薬草でもあり、つまりはハーブだ。特に私たちヒトの解毒の働きを助けてくる。それでも「ドクダミ」という名前のせいなのか、あるいは旺盛な生育力のせいなのか、「雑草 = いらないもの」として刈り取られてしまったのか。生育力、繁茂力が強いということは生命力が強いことのあらわれ。そのいのちをいただけば当然ヒトの生命力も強くなる。

 

ドクダミの清楚な花、また葉の形はハート型、一説にスペード型と捉える場合もあるようだが、私はあの愛らしい植物を邪魔だから刈り取ってしまえ、という気持ちはない。そこにいるだけで確実に何かの働きをしているはずだから。

 

もし「ドクダミ」という名前によって駆除対象とされてしまったのなら、人々は「毒 ドク」という言葉に過剰反応しているのではないか。私の中では「毒」=「悪」=「やっつけろ」=「排外」とつながってしまった、それが民族や人種に対してなら立派な「偏見」による「差別」だ。

 

もしも無意識のうちに「白と黄色の」地味な花より「ピンク」の花の方が愛らしいと識別され、選別のうちに排外されたとしたら、そこにも「偏見」のエネルギーがかいまみられる。

 

ドクダミの葉っぱを煎じてお茶にすると身体にいいらしい。その情報を知って「採らせてもらおうかな、でもマンションの植栽だしな」と迷っていた。

 

こんな形でドクダミとお別れするようになるとは。けれどこんなお別れをしたからこそ、私の奥深くで眠っていた無意識の中での「レイシスト」「優生思想」エネルギーが浮かびあがってきたのかもしれない。

 

「レイシスト」「ルッキズム」「優生思想」、この三点はもしかしたら「男性中心社会」の特徴ではないだろうか。何かと比べてどちらかが「優位」に立たないと気がすまない、その「本質」よりも「肌や髪の色」「民族・人種の違い」といった「見た目」だけで歴然と違いがわかるものが優先される。

 

女性よりも男性が上、という価値観。見た目の一見「華やか」「鮮やか」な方が上、という価値観。

 

女性、女性性、女性エネルギーも長い間それを甘んじて受け容れてきた。

 

そろそろいいだろう、他者と比較することによる「優越感」「劣等感」の暴走は。

 

「優越感」だけではない、私たちは「優越感」の裏に必ず「劣等感」を息づかせている。たとえ顕在意識で「自分は他者より上」と認識したとしても潜在意識では「自分は何かに劣る存在」というエネルギーが渦巻くようにできている、それがヒトのこころの仕組み。つまり「優越感」を膨らませる人は同時に「劣等感」も膨らませている。

 

「優越感」を膨らませれば膨らませるほど、こころがむなしくなるという目にはみえない仕組み。

  

動物や植物にこころを寄せると自分の中の「無価値観」がうすらぐ。自分以外のいのちを軽んじることによって「優越感に浸る」という意識は「基本」人間特有のものだから。

 

刈り取られたドクダミにもきちんと役割があったようだ、「刈り取られる」という行為も必要だったのだろうか。毎年刈り取られていたことに気づかなくて、たまたま今年気づいただけなのかもしれない。

 

ドクダミが私を呼んでくれたとか。

 

そのせいなのか、きのうまで気になっていた外側の情報が気にならなくなった。

 

また何かが解放された。

 

ドクダミの解毒作用はもしかしたらエネルギーとして放射されているんじゃないかとも思えてきた。

 

 

 

 

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