ザクロ・石榴、フヨウ・木芙蓉の微笑み ~ 地母神の花笑み

愛犬・宇宙・そらとのお散歩。

 

目の前に「ザクロ・石榴」の実があらわれた。その横にピンクと白の「フヨウ・木芙蓉」の花。

 

「ザクロ・石榴」は女性性の象徴だ。

 

これだけで嬉しくなる。

 

家に戻り改めて「ザクロ・石榴」について調べる。

 

「ザクロ・石榴」は古今東西、「祝福の花」、同時に「子宝の果樹」とされている。

 

赤い花、かわいらしい花びらの形から「女性の美しさ」の象徴として、またキリスト教芸術としては「愛と希望」の象徴として、あるいは中国文化では「受胎」「生殖能力」「生命力」の象徴として、同時に実が割れると中から赤い種子がのぞく形が「女性器」を思わせることから「女性性」のシンボルであり「惜しみない愛情」をあらわす植物として大事に扱われているという。

 

洋の東西を問わず、というところがなんともこころ温まる。

 

一方、こんな「裏シンボル」もある。「死と再生」「愚鈍」。あえてここでは説明を加えない。

 

なんでもギリシャ神話では愛と美と性を司るギリシア神話の女神「アフロディーテ」の持ち物でもあるんだとか。

 

ちなみに フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると「アフロディーテ」はローマ神話ではウェヌス(Venus)と同じ。この名前の英語形は「ヴィーナス」で、金星を意味すると共に「愛と美の女神」とされている。そもそもは東方の豊穣・多産の女神アスタルテー、イシュタルなどと起源を同じくする外来の女神で、オリエント的な地母神かつ金星神としての性格が特徴とされていたそうだ。

 

一方、「フヨウ・木芙蓉」。もともと芙蓉というのは蓮の美称。それと区別するために木芙蓉・モクフヨウが正式和名。別名は「キハチス・来蓮」。どちらにしても「蓮」と関係が近いのか。

 

「フヨウ・木芙蓉」は「繊細な美」「栄華」「美しい女性」などのシンボル。「繊細な美」、というのは朝咲いて、夕方にしぼむ一日花のためだという。

 

一方、「裏シンボル」は「変幻」「悲恋」。

 

一説によると「フヨウ・木芙蓉」もまた「金星」のエネルギーをもつとつれている。

 

ここで「ヴィーナス」系地母神とのつながりが生まれる。

 

私は誕生星座的に地母神系女神である「アルテミス」エネルギーのサポートが入っているらしいことを数年前に知った。また九星気学的にみると「金星」が入っている。「アルテミス」を「悪魔」と捉える説もあるようだが、私は「悪魔の要素を包含した女神性エネルギー」と理解している。

 

余談だが、実は「星詠み」「星占い」的ジャンルは先日卒業の流れが来ていた。元々それほどディープにフォーカスしたことがないので卒業、という言葉を使うのもはばかれるほどのご縁だけれど、一応、「卒業」。

 

 

さて、もしかしたらきょうの「ザクロ・石榴」と「フヨウ・木芙蓉」の微笑みは、オリエント的な地母神かつ金星神系の「女神エネルギー」の花笑みのあらわれではないのか。

 

多次元的地母神系女神エネルギーの花笑みが、私たちの目の前に可視化されるとある特定の花の開花や果実の結実として認識できるようになっているのかもしれない。

 

ということは、あちらの世界、次元では女神系エネルギーの気品ある饗宴・うたげがとりおこなわれているとか。

 

もしかしたら空に「天女の舞い」のような雲があらわれているかもしれない。

 

 

念のため、人格神ではなく、それらの「概念エネルギー」として。そう、「女性性」エネルギーの暗喩としての「饗宴」。

 

同時にそれは私自身の「宇宙」の景色でもある。

 

 

 

 

◇ 参考

 

『神話と伝説にみる花のシンボル事典』 松原梨江子著

この本はまだあまり活用できていません。なんでもいま「流通」している「花言葉」は本来の花の意味からはかけ離れたもので「花を市場に流通させる」目的で後付けされたものが多いんだとか。

 

この本はできるだけ「原型」ともいうべき「その花のシンボル」的意味を探る目的で創られたものだそうです。

 

本来の「花のシンボル」は一旦封印された、けれどいまそれが少しずつ蘇る。その「蘇り」のための一見「封印」。

 

「花」というところがポイントのような気がします。

 

 

 

 

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