黄金虫・コガネムシとゼブラ柄アゲハ蝶 ~ 虫という動物と共に生きる

動物は好きなのに虫は苦手という人は少なくないのではないでしょうか。

 

私自身、少し前まで「かなり」苦手な方でした。

 

虫、昆虫。彼らも「実は」動物。

 

見た目がちょっと「気持ち悪い」からといってついつい彼らを排除したり、忌避したりしがち。動物としての犬猫ちゃんたちはこのことについてどう思っているんでしょう。

 

さて今朝、わがベランダに「黄金虫・コガネムシ」が行ったり来たりをくり返していました。そう、ベランダの外側と内側をまるで「8」の字を描くかのように遊泳 ! していたのです。

 

突然ベランダの壁にぶつかってベランダ内に撃沈。ちょうどそこに水が溜まっていてひっくり返ってジタバタと。

 

「ホラ、これにつかまって」

 

洗濯用ハンガーを差し出すとそれに乗っかって態勢を立て直し、再び遊泳 ! へ。

 

ところがトロイのか、またも撃沈。こう捉えているのは私が自分のことを「トロイ」と思っているのに、その事実を受け容れたくなくて、のことです。「トロイ私には価値がない」と私の深層心理はそう感じている。

 

「どうしよう、これは手助けしない方がいいのかな」

 

少し悩みましたが、再度ハンガーを。

 

すると今度は上手にハンガーづたいにベランダの外へと飛び出っていってくれました。

 

まるで鳥の飛翔のように。

 

黄金虫・コガネムシについて調べると、「黄金虫は害虫。薬剤などでやっつけて」という情報が見つかり、一方、「黄金虫は自己変化や成長の象徴。黄金虫を助けることは自分自身の変化や成長を助けること、すなわち自分を磨いたことにつながる」という情報もあり、で、結果的に私の潜在意識は後者を選択していたことになり、そう、どうやら自分で自分を磨くチャンスをいただいた、ということになるようです。

 

黄金虫の飛び立つさまが「鳥の飛翔」のように見えたのはそのためだったのかもしれません。

 

黄金虫に関してはこんなエピソードもありました。

 

インド・ヒンドゥー哲学によると、黄金の虫は「カブ―トル」と呼ばれ、肉体から解放された魂だったり、知識や精神的な変化の象徴とみたり、ということがあるんだとか。

 

「カブートル」はカブト虫のことかな ?  なるほど、肉体から解放された魂か。きょう「10」日は愛猫・海・かいの月命日。あちらの世界で「海・かい」ではなくなった「魂」が一瞬「海・かい」に戻って黄金虫の「型」を借りて里帰りしてくれたのかも。

 

「ママ、こうやって羽ばたくんだよ、失敗を恐れずにね。もし失敗しそうになったら誰かの力を借りてもいいんだから」

 

今朝とびっきりめざめがよかったのはもしかしたらこのお蔭だったのかもしれません。

 

(「ママ」としているのは単なる記号。私の役割は海にとってパートナーであり、同士であり。決して「親子」の関係ではありません。)

 

黄金・コガネ・ゴールドの色は、金運を含む物質的豊かさをあらわしていると同時に高い精神性の象徴ともされていて、まさに「物質性」と「精神性」の豊かさの量子もつれが「真の、本物の豊かさ」となってあらわれてくるよ、というメッセージではないかと。

 

もしそうだとしたら、前々エッセイオレンジ色( ゴールド )のアゲハ蝶、金色蜘蛛 ~ 昆虫たちの波動ダンスの中で、

 

◇真の「豊かさ」とは物質だけではなく「智」の豊かさを指し、そのいずれもで金色=ゴールドは「叡智」の色となる

 

◇豊かさを個人にとどめるのではなく他者へと分配する

 

と記していたこととつながってきます。

 

もしかしたらあの時の一瞬「金色 ? 」と感じたオレンジ色のアゲハ蝶は、愛猫・海・かいの魂によるものだったのか、とか、そんな妄想も膨らみます。

 

「金色のメッセージを送るから、待ってて」

 

また、「表題」の「ゼブラ柄アゲハ蝶」とは黒と黄色のゼブラ模様のようなアゲハ蝶のこと。「ゼブラ蝶」という種類のアゲハ蝶もいるそうですが、これとは異なるタイプ。一般的によくみる、あの縞模様の「アゲハ蝶」を指しています。愛犬・宇宙・そらと朝の排泄散歩をしていた時に私の頭の真上をクルクルと旋回してくれた「ヤツ」。

 

黒と黄色を混ぜ合わせていくと、金色ががった黒から金色が強くなっていく、とする説がありました。

 

ここでも黄金・コガネ・ゴールドの色とつながってきます。あの「クルクル」の旋回は黒と黄色を混ぜ合わせている様子だったのかもしれません。それとも「らせん」、「もつれ」、「DNA」 ?

 

確か「黒」はすべての光と影を包括する生命力の象徴。

 

一方、「黄色」は個人的光の色。

 

そのふたつがもつれあって「金色」のエネルギーになると、「個人」から「他者への分配」へと変わっていく。

 

それは「ひとり」から「大きなひとつとひとつ」へ、の意味でしょうか。

 

当エッセイのお題は「黄金虫・コガネムシ」と「ゼブラ柄アゲハ蝶」のたった二つだけ。

 

それだけでもこんなにお話ができるということは、虫ってすごいおしゃべりなのかもしれません。

 

彼らとの対話は自然との対話であり、それはひいては地球との対話、宇宙との対話でもあって。

 

ということは自分自身という「大宇宙」との対話でもある、ということ。

 

なるほど、この世界、この宇宙が「無限」の可能性を秘めているって、なんとなくわかるような気がします。

 

虫、というカテゴリーの動物たちに「一緒に生きてくれてありがとう」。 

 

 

 

※ きょうは「です・ます」調でまとめてみました。

  こちらの方が書きやすい気もしています。

  その日、その時の気分で。

 

 

◇ 参考

 

黄金虫 (コガネムシ) は縁起がいいスピリチュアル・サイン  ?

いくつか検索してみて、私にとっては一番わかりやすい内容だったのでヒントとして活用させてもらいました。

 

ただし「縁起がいい」という捉え方は「縁起が悪い」との二項対立のエネルギーを強化することにつながりかねないので個人的には「縁起」については触れません。

 

そう、「縁起」にこだわる「風水」とか「神道的」なものとか「スピリチュアル」とか、あるいは「宗教全般」だったり「伝承」や「慣習」だったりとか、以前は大変お世話になったけれど、お世話になったからこそ「卒業」「超越」のタイミングもみえてきたわけです。いまはそのはざまを「揺蕩う」感じを楽しませてもらっています。

 

 

 

 

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