ひかりのカーテン、第二弾。
気温上昇のお蔭で霧、状態。
その一部分に太陽が反射してひかりのカーテン状態です。
わがマンションは前棟との間に割と距離があいていて、その前棟の真ん中くらいがちょっと低くなっています。二つの山が重なって真ん中が低くなっているイメージ。
その奥に別のマンションの高層棟がそびえ、まるでその高層棟の向こうから二つの山の真ん中に太陽がひかりをおろしているかのよう。
今まで気づかなかった景色です。
さて、霧、のメッセージはなんだろう、と調べてみたら、「龍神 = 霊氣」というものがありました。自然霊がそこにいる、という意味のようですね。また、「霧 = キリ」の音にメッセージ性あり、という解釈がなされたサイトもありました。「キリがいいところでやめる」「キリ離していい」とかの意味だそうです。
おもしろいですよね、「霧」の解釈ひとつとってもサイトによって解釈はそれぞれです。
なるほどね、みんな同じように感じているとは限らないんだな、という事実がわかりました。今はすっかり晴れ間に変わってきています。ということは私がキャッチしたことは私へのメッセージとしてはまちがいではないよ、というサインなのかもしれません。お役ごめん、と。
10日にひかりのカーテン、光り輝いていました !というお話をして、気分は最高でした。ところがきのうはガクンと落ち込みました。またまたデトックスなんだろうと思ってはいたものの、ここ数日のアップダウンの大きさに心身がついていきません。
が、きのうのダウンがあったお蔭で、きょうの霧とひかりのカーテンがより一層素晴らしいものに思えました。
人の感情にはボジティブとネガティブがあってあたりまえ。それらはいつも表裏一体。ポジティブだけ、というのはネガティブをみないふりをしているということですから、いつか突然爆発することも出てきます。突然大病をしたり、突然事故にあったり。
大きなアクシデントが起こらないように、毎日の生活の中で小さなアップ・ダウンをしっかりと楽しんでおいた方がよさそうですね。たとえアクシデントが起きたとしても「私たちに天罰はくだらない」ととらえ、「あぁ、これも調整のひとつね」と落ち着いて対処すれば、気持ちのバタバタも少なくなるのではないでしょうか。もしバタバタしたとしても、それはその時に必要なことなわけですから、それもしっかり味わって。
きょうもまた自然体で等身大で、ボチボチがんばりながら、マイペースでやっていこうと感じながらの執筆です。
※ 追記 当エッセイの前のエッセイはこちらです。トイレのつまり&解消が教えてくれたメッセージとは ?
きのう、気持ちは徹底的に落ちていたのですが愛犬・華実とお散歩に行って落ち葉を踏みしめたり、川のそばの遊歩道をゆっくり歩きながら水鳥をながめたり、11月にお話したみゃ~ちゃんに遭遇させてもらったりしているうちにすごく深いところで癒しが起きていることに気づきました。
そうそう、ミケ猫のみゃ~ちゃんなんですが、最近逢うと必ず「ミャー」とご挨拶をしてくれるようになりました。眠っていてもお顔をあげて「ミャー」と言ってまた眠りにつくのです。やっと仲間だと認めてくれたんでしょうか。
きのうは人間のエゴに振りまわれていました、自分自身のエゴもふくめて。厳密には自分のエゴが大暴れしていたのです。エゴはいけないものではないのに、私の深層心理は「エゴはいけない」という強い思い込みがあるみたい。きのうの落ち込みのお蔭でそれも少しだけ減ってくれたようです。
やっぱり自然は偉大。自然と同調できると楽ですね~。エゴたっぷりの私でも優しい気持ちに戻れます。